第124回 釜飯仲間・おこげのお話

2019.4.28
釜飯仲間・おこげのお話

『釜飯仲間』=おこげのお話=
~神奈川の農業のこと、食べ物のこと。生産者に寄り添って32年~

【事件】

2001年9月11日は多くの人々にとって忘れることのできない日です。アメリカが襲撃された同時多発テロ。日本人も多数の方々が犠牲になりました。そして、再び。

最近、民話の語りを少しずつ始めるようになって、人の命が失われる物語が気になります。

なるべくならば、人の(生き物の)命が損なわれることのない物語を楽しく演じてみたいと思います。さもなければ、なるべく丁寧に登場人物を描きたいとも思います。

人の命ではありませんが、家畜の処分も凄惨です。最近では、「トンコレラ」の発生、伝染が疑われるエリアの豚はすべて殺処分です。「鶏インフルエンザ」も同様です。すべての鶏が殺処分されます。牛には「口蹄疫」が伝染しました。そして、ほとんど記憶から消えてしまいそうな出来事が「狂牛病」です。日本で初めて狂牛病発生したと、2001年9月10日付の朝刊に大見出しで報道されたのです。

狂牛病の原因は、廉価な飼料、肉骨粉(ミートボーンミール)を餌に与えたことと、子牛への人口乳が疑われました。さらに、狂牛病を確認するための脳へのタンパク質「プリオン」の蓄積は、生後30か月令以上に生育した牛でなければ確認が困難であることが報道されました。

これらの情報をもとにすると、和牛をはじめとする肉牛には肉骨粉も人口乳もあたえませんから狂牛病になる危険はほとんど無く、一方で、乳牛から産出される雄牛はほぼ24ケ月令で出荷されますから(飼料効率と肉質がベストのタイミング)検査をしても発見できない可能性が高いのです。

当時の政府が、10月の末だったでしょうか、30ケ月令以下の牛を検査すると発表しましたが、11月に入って全頭検査をすることにしたのです。検査をする人々は素人ではありません。資格を持った方々が、その後、まず発見されないであろう検査に携わられたのです。

実際には1頭だったか発見されましたが、この時に強く感じたのは、安全の確保なのか、安心の維持なのか、「風評被害」に対する対処の難しさです。

2011年3月11日(金)東日本大震災発生、続いて福島第一原子力発電所の爆発。

私が尊敬する松田町でお酢を作っていた方が、人に言われたそうです。

そんなにこだわって酢を作っているのなら、「原料の米も無農薬にしたらどうだ。なんなら世話してやるぞ。」彼は答えました。「酢の原料も菌もその土地が育んでくれるものが本物だ。もし、土地の米に問題があるのなら、それも私は引き受けたいと思う。」

食べ物の有り方と人の向き合い方の本質だと感じました。しかし、原発事故が起こった時に放射線汚染された作物を引き受けるとは、私は言えませんでした。だからこそ、原発そのものを無くさなければならないと思います。

(2019年4月22日記  三好 豊)

釜飯仲間・おこげのお話