企業的な経営センスと市民ボランティアの組織力を強みとした竹林保全・竹資源活用

2018.2.1
雨の日も里山三昧

今回のコラムは、1月下旬に実施したNPO法人日本の竹ファンクラブの事例調査レポートとする。
これは、森づくり団体の共通課題を解決するのに参考になりそうな先進事例を調査するという林野庁の補助事業で取り組んだもので、昨年度はNPO法人里山倶楽部の事例調査(→寄り道24)をおこなったが、それと同様の位置づけのものである。


企業的な経営センスと市民ボランティアの組織力を強みとした竹林保全・竹資源活用(NPO法人日本の竹ファンクラブ

設立年月日:1999年9月(NPO法人認証2012年01月13日)
活動地: 神奈川県横浜市、中井町、静岡県伊豆の国市
回答者:平石真司(理事長)/取材者:松村正治

■活動内容

自分探しから始まったライフワーク

日本の竹ファンクラブは、代表の平石さんによる自分探しから始まった。50歳になる頃、退職後に「濡れ落ち葉」にならないようにと、自宅と職場を行き来するだけのライフスタイルを見つめ直し、仕事以外の生きがいを模索していた。その過程で、近くにある烏山公園の竹林が荒れていることに気づき、この公園を市民参加で管理しようと横浜市に掛けあい、近隣の人たちを誘って愛護会を立ち上げたことが、現在にいたる起点となった。
烏山公園愛護会の活動が軌道に乗り、公園内の竹林を整備していくなかで、「竹林が荒れて困る」「竹林が拡がって雑木林を征服した」などと、今では厄介者になっている竹と人との関係の変化に思い至った。かつて竹は生活に深く結びついていたため、人びとは竹を活かす知恵や技を持っていた。それが途絶えてしまった結果、竹林の荒廃として現れている。それならば、あらためて竹との関わりを取り戻そうと1999年に立ち上げたのが日本の竹ファンクラブ(日本の竹FC)である。

竹林の里親制度と竹の学校という両輪

平石さんは株式会社で働きながら、会社経営にかかわってきた。退職したものの、現在でも会社に請われて、平日は毎日出社して、会社の経営を支えている。そうした背景もあり、平石さんの考え方は企業的で、非営利活動であっても、つねに経営資源の選択と集中を考えている。
日本の竹FCは、設立後すぐに全国各地における竹の活用事例を収集し、先進事例の現地調査も実施し、冊子『全国竹の名鑑』にまとめた。そして、全国に数ある竹分野の団体と差別化を図るには、プロではなくボランティアの集団であることを強みにして、市民の組織力を活かすという方針を定めた。
この経営方針に沿って始めたのが「竹林の里親制度」である。これは、放置竹林の問題を解決するために、地権者から土地を借りて、市民が「里親」となって子どもを育てるように竹林を管理するものである。
最初にこの制度を適用したフィールドは2003年の小机城址市民の森(横浜市港北区)であった。現在は、横浜市内の横浜国際プール(都筑区)、こどもの国(青葉区)、折本(都筑区)、神奈川県中井町、静岡県伊豆の国市の竹林も加わり、6か所で活動している。このうち折本を除く5か所のフィールドで保全活動に参加するのは、「竹取協力隊」と呼ばれる会員の中の希望者である。すでに竹林管理の経験のある人が竹取協力隊に入る場合もあるが、2003年から「竹の学校 竹林管理コース」を開始し、竹林管理の担い手を育成してきた。これは、一年間を通した講義と実習により、竹林管理の作業を体系的に学べる講座で、平石さん自らが講師役を務める。設立当初から日本の竹FCの活動における中心的な役割を担ってきた事業であり、ほかに類似の講座がほとんどないために、遠方から新幹線で通う受講生も珍しくないという。
「竹の学校」では、竹に関わる入口は多様にあった方がよいと、試行錯誤をくり返しながら、「竹工芸コース」「筍料理コース」「竹垣コース」「竹楽器コース」「竹縁台コース」などを開設してきた。これらは、竹林の保全だけではなく、竹の活用も重要と考え、その智恵や技の普及を目ざしたものであった。しかし、現在残っているのは「竹林管理コース」のみである。

まちづくりとしての竹灯籠まつり

竹林保全団体が竹材を活用する方法として、もっともポピュラーなものは炭焼きであろう。全国的におこなわれており、なかには竹炭生産を専門として、かなりの収入を上げている団体もある。しかし、日本の竹FCは、炭焼きでは専業としているプロにかなわないと、これまで一度も炭焼きを手がけたことがない。その代わりに、ボランティアの組織力という強みを生かして取り組んできたのが竹灯籠まつりである。
今日、竹灯籠まつりも全国でおこなわれているが、日本の竹FCの場合は街の中ではなく、整備した竹林の中で開催するところに特徴がある。これにより、間伐した竹材を灯籠として活かすだけではなく、竹林空間に灯籠を並べて幽玄な雰囲気を演出できるので、竹の資源と空間をともに活用できるのである。
また、竹灯籠まつりは、竹林の保全・活用にとどまらず、まちづくりの手法として効果的である点に注目すべきである。つまり、竹灯籠まつりによる竹林の再生と竹資源の活用は、地権者だけではなく地域全体にとっての課題解決に貢献できるのである。このことを、日本の竹FCとして初めて竹灯籠まつりを実施した小机城址市民の森の事例をもとに説明しよう。
横浜市には、地価の高い樹林地を保全することを目的とした市民の森という制度がある。これは、市が地権者と使用貸借契約を結び、提供された土地を保全する。一方、地権者には固定資産税・都市計画税といった地方税を免除し、緑地保全のための奨励金を支払うというものである。
横浜市の市民の森制度は、都市近郊緑地の開発に一定の歯止めをかける役割を果たしてきたが、今日では誰が市民の森を保全するのか、その担い手が課題となっている。従来は、土地を提供した地権者たちが愛護会を結成し、奨励金を得ながら樹林地を管理してきた。ところが、多くの市民の森において、地権者の高齢化が進み、地元愛護会による管理が難しくなっているという問題がある。雑木林と竹林を抱える小机城址市民の森も、そうした課題を抱えていた。
日本の竹FCは、横浜市から相談されたこの地域課題に取り組むことにした。つまり、竹取協力隊が竹林の管理作業を無償でおこなう。ただし、引き受ける代わりの条件として、市民の森を舞台にした竹灯籠まつりの開催を提示した。すると、横浜市側は林内に火をともす竹灯籠まつりの開催を許可し、港北区役所は地権者と調整して、日本の竹FCが竹林の管理・活用できるように必要な書類を用意し、これで放置竹林問題を解決する仕組みが整った。すなわち、愛護会(地権者)は自分たちの竹林の管理を日本の竹FCに任せる、日本の竹FCはボランティアで管理する代わりに竹灯籠まつりを開催。参加費やグッズ販売などによって来場者から収入を得て、これを活動資金とするのである。
これは非常にうまくいった。竹林内に約5,000本もの竹灯籠が灯り、竹のオブジェアートが展示され、尺八が演奏され、カッポ酒やビールなど飲食物の販売もある。多くの人が来場するので、近隣の商店街やJRも協力してくれるようになり、現在ではすっかり地域自慢の恒例行事となっている。

横浜モデルをもとに都市農村交流へ

日本の竹FCは、小机城址市民において確立した事業モデルをもとに、横浜市内だけではなく、市外の中井町、愛川町、さらに県外の静岡県伊豆の国市にまでフィールドを拡大していった。放置竹林は多くの地域で課題となっているが、その「厄介者」の竹林が整備されるだけではなく、竹灯籠まつりの舞台となって、地域の誇りへと逆転する。おのずと行政からの相談・依頼は増え、事業を受託して取り組むことも増えた。
市外・県外であっても、竹取協力隊は遠い現場まで出向き、ボランティアで竹林を管理する。最初は横浜からわざわざ来る人がいるのだろうかと半信半疑であった地域住民も、実際に多くのボランティアが来て、竹林がきれいになっていくのを見ると、次第に地元からも参加する人が加わってくる。都市に住むボランティアは、お土産に地場野菜を購入したり、温泉に入ることができたりして、都市農村交流ならではの楽しみも味わえる。中井町では、日本の竹FCが町内で使える地域通貨をボランティア活動の参加者に発行して、地域にお金が落ちる仕組みをつくったこともある。このようにして、農村の地域課題を都市住民との連携によって課題する事業モデルも確立することができた。
しかし、その後、この都市農村交流事業に変化が見られている。以前は、横浜からバスを出して、市民ボランティアは現場へと行くことができたのだが、貸切バスの利用料が高くなったために、参加者は自力で行かなければいけなくなった。また、当初は農村側の行政からお金が支払われていても、数年間もすると継続して支出できなくなることから、良好な関係を維持することの難しさが見え始めている。

■組織運営

フィールドごとに支部を置いて本部が統括

日本の竹FCの経営規模を数字で表すと、フィールド6か所、竹林管理にかかわる契約者50人と3施設、竹林管理面積12ha、年間作業参加者2,000人、間伐竹1,700本、竹灯籠22,000個、主催事業への参加者28,000人となる(2015年時点)。
組織運営の体制は、6つのフィールドごとに支部を置き、支部長が責任者となって定例の竹林管理や関係者間の調整などをおこなう。各フィールドで汗を流す竹取協力隊は100名余りで、正会員の8割強が登録している。一方、本部は平石さんを筆頭に全理事と事務局スタッフによって構成され、全体を統括している。ただし、竹灯籠まつりは支部だけでは開催できないので、本部が主体となっている。事務局のメンバーは3人(有給2人、無給1人)で、平日、事務所に勤務している。
日本の竹FCは、行政からの受託事業収入や出前講座への講師派遣などもおこなっているが、できるだけ補助金・助成金に頼らず、自主事業収入を増やそうとしてきた。基本となる事業は、多くのボランティアで竹林管理をおこない、作業に伴って得られる竹材と整備された竹林を活用して活動資金を得るというものである。竹取協力隊には、年間の活動時間に応じて報奨が与えられるが、金額的には交通費程度である。
また、事業開発には先行投資が必要で、そのためのお金を取っておくべきであり、予算規模に見合わない固定費(事務所の家賃・光熱費など)は節約したいと考え、常勤職員は雇用していない。こうした組織運営の方法にも、平石さんらしい企業的な発想からうかがえる。

■課題解決への取り組み

独自の資金調達源:竹灯籠用ろうそく

日本の竹FCは、数多くの竹灯籠まつりを開催してきたなかで、竹灯籠に適したロウソクを探してきた。当初は100円ショップでまとめて売っている安いロウソクを使っていたが、まつりの最中に約半分が消えてしまい、消えない場合でも1時間もすると光量が著しく減ってしまうことがわかった。竹灯籠まつりに使用するロウソクは、着火してから4~5時間は安定した明かりを灯し続けることが求められる。
もう1つ大事なことは、水に浮かべるタイプのロウソクを用いることである。これを斜めに切った竹に水を注入して浮かべるのだが、このタイプならば、万が一倒れたとしても、竹の中の水によって消えるために、竹林内の落ち葉などに延焼することがない。また、ロウソクを消すときも、灯籠を傾ければよいので、省力化できるという利点がある。
そうした条件で業者にロウソクを発注して取り寄せ、比較検討した。その結果、現在では3つの業者から仕入れることにしている。それぞれ大きさも、光量も違うので使い分けているそうだ。
大量に仕入れているので、業者から安く卸してもらえている。このため、日本の竹FCが竹灯籠まつりで使用しているロウソクを仕入れようとすると、日本の竹FCから購入するのがもっとも安いのだと言う。このロウソクは、100円ショップで大量に購入できるものと比べると数十倍も高い。しかし、竹灯籠まつりの雰囲気を演出しようとすると、結局、日本の竹FCが行き着いたロウソクを選ぶことになる。このため、全国で竹灯籠まつりが盛んになればなるほど、日本の竹FCが扱っているロウソクを買い求めることになる。
このようにニッチ市場を先行して、竹灯籠まつりに適したロウソクを独占的に販売できるところに強みがある。

世代交代の試み(1) :竹の音楽祭

日本の竹FCの強みは、竹林の管理・活用に長けた経験豊富な「竹取協力隊」をおおぜい抱えていることにある。しかも、この人たちは遠方に出かけることもいとわないから、都市農村交流も実現できるわけだ。しかし、日本の竹FCにおいても、ほかの森林ボランティア団体と同様に、次第にメンバーの高齢化が顕著になってきた。
この課題解決を目ざして、日本の竹FCが2013年から取り組んだ事業が「竹の声音楽祭」があった。これは、おもに小学生とその親を対象に、ワークショップ形式で1日目に竹楽器を作り、2日目に楽器を演奏する練習をおこない、3日目にコンサートで演奏するというものであった。若い親子が音楽を糸口に竹の世界に入ってくれば、次第に若い人が増えていくだろうと見込んでいた。
この事業は港北区役所から評価されて、3年間の資金的な支援も得ていた。この企画への協力を依頼していた東京楽竹団にならい、日本の竹FC内に横浜楽竹団を作ろうと意気込んでいた。しかし、この事業を担当していこうという核になる人が現れず、継続するこができなかった。

世代交代の試み(2) :筍育成を図る「たけのこ山」

これまで日本の竹FCを支えてきた竹取協力隊は、生活資金をそれほど稼がなくてもよい高齢者が多いため、竹林の管理作業はボランティア活動としてきた。しかし、世代交代を図るためには、日本の竹FCで一定の収入を得られるような仕事をつくる必要がある。そのためには、公共的な竹林の景観保全を目的として、おおぜいのボランティアが参加して管理してきた従来の方法には限界がある。そこで現在取り組んでいるのが筍の育成を目的とした竹林整備プロジェクト「たけのこ山」である。
2015年、都筑折本の民有地約0.3haを「たけのこ山」として整備する事業が始まった。このフィールドは規模が小さいため、少人数でも管理できる。ここでは、親竹密度を25本/100m2に設定し、筍の生産性を重視した管理をおこなうことにしている。
この新規事業に合わせて、「竹取協力隊」とは別に「竹取援農隊」を発足させた。この組織は筍生産に専従することを想定しており、ボランティアではなく仕事として取り組む若手の加入を求めている。
すでに竹林も十分に整備され、筍が出てくるのを待つばかりであるが、2017年は裏年で生産量が乏しかった。今後、少人数で多くの筍を収穫して収益を上げることができれば、この事業モデルが普及していくのではないだろうか。

新たな資源活用に向けて:筍加工品の開発

これまで日本の竹FCは、上手に行政との協働関係を築き、市民ボランティアの組織力を活かして、公共的な竹林の景観保全を推進して実績を積み上げてきた。しかし、公共的な竹林であるからこそ生じる問題も少なくない。たとえば、小机城址市民の森で開催する竹灯籠まつりでは、始めたときは入場料を協力費として500円徴収していたのに、行政の担当者が代わって、「入場無料(保全管理協力費一人あたり500円程度)」と記すように指導され、入場料収入が激減した。
また、筍を掘ることについては、一般の参加者を招く「筍掘り大会」でおこなうことは許可されるが、筍の生産を目的にして収益をあげることは難しい。通常、「筍掘り大会」は年に1回か、多くて数回程度であるが、筍はこまめに掘れば、生産量が増えることが知られている。つまり、潜在的な筍の生産量のうち、一部しか活かしていないのである。
これを少しずつ掘って収益に回そうとするのが「たけのこ山」であるが、それでも筍は限られた時期に集中して出てくるので、平準化を図るためには加工品の開発も重要である。
現在、筍食品の開発に当たって参考にしているのが、京都にあるNPO法人加茂女(かもめ)の取り組みである。特に「筍するめ」という味付けした乾燥筍は良いヒントを与えてくれている。このほかに、筍カレー、筍かりんとうなど、7つほどの新商品の候補があるという。そしてすでに、筍を乾燥できる加工設備は購入しており、設置する場所さえ決まれば、筍加工を始められる体制が整っている。

■まとめ

20年の試行錯誤の歴史は貴重な遺産

筆者は平石さんと約20年にわたる付き合いがあり、日本の竹FCの設立直後には、平石さんに付いて全国の先進事例地を回った経験もある。その後も、年に1回は、日本の竹FCの現状分析や将来構想などについてうかがってきたが、今回、取材してあらためて、その活動のユニークさを感じた。
20年前から、平石さんの考え方は、ほかの森林ボランティア・里山保全団体とは大きく異なっていた。その特徴を端的に言えば、企業的という言葉で表現できるだろう。いつもお目にかかるたびに、最近の経済紙や専門誌に載っていた企業動向の記事、地域づくりの事例などについて話題を振られて、それが初耳であると「勉強していないなぁ」とたしなめられる。企業人として会社の経営について真剣に考えるのと同様に、社会の動向に対して高くアンテナを張り、自らが率いる日本の竹FCの強みと弱みを分析して、次の一手を考える。さらに、細かくデータを集めて分析し、成果が上がらないとみるや潔く撤退し、踏み込むべきところには大胆に突き進む。この経営資源の選択と集中によって、これまで竹林保全にかかわる市民活動をリードしてきた。
数字は正直である。日本の竹FCの活動量を示すデータが、近年少しずつ低下してきている。その要因として、たとえば、2017年は天気に恵まれず、収入源となっている小机城址市民の森竹灯籠まつりを開催できなかったというように自然条件によることもある。しかし、やはり会員の高齢化という課題が大きくなっていることも事実であろう。
もちろん、平石さんも手をこまねいているわけではなく、この課題解決のために筍生産のための竹林整備事業「たけのこ山」と筍加工食品の開発に着手している。これらの事業の成否は、今後の日本の竹FCの将来を占うであろう。
設立後、約20年にわたる日本の竹FCの試行錯誤の歴史は、竹林保全にかかわる後続の団体にとって、貴重な遺産となるはずである。紙幅の関係で書けなかったことも多いので、もっと日本の竹FCについて知りたいという方は、平石さんに直接聞いていただきたい。きっと、それぞれに得られることがあるだろう。

雨の日も里山三昧