石田のおじさんの田園都市生活

第75回  冥利という言葉

2014.11.30
いしだのおじさんの田園都市生活

ピザ屋さんで怒っていたんだって?
・えっ?
このあいだ子どもたちと行ったとき。
・いや、不機嫌にはなったけど、、、ちょっとだよぉ。
珍しいね、って、言っていたよ。
・もう、あの店には行きたくない。
やたらと待たされたんだって?
・うん。食べている時間より待っている時間のほうが長い。
クレームつければいいじゃない。
・そういう問題じゃない。
じゃあ、どういう問題。
・やたら待たされるから、「早く食べたい、もっと食べたい」っていう気分になる。
そりゃあ、そうだよね。食べ放題なんだから。
・そういう気分になることが不愉快。ましてそれを口に出したらもっと不愉快。
でも、口に出さなきゃ伝わらないでしょ。
・いや、伝えたいとは思わない。
そう、でもねぇ。ため込んで不機嫌になるのもねぇ。
・それは悪かったけど、もう、あの店は行かない。それでいい。
でも、子どもたちが行きたがったら?
・う~ん、そうだなぁ、、、ワインをボトルで頼んでチビチビ時間をつぶすかな。
ダメじゃん。
・俺が飲み過ぎると、違う人が不機嫌になるよね。
そうだよ。
・呑み会が有意義なこともあるよ。
ホントかなぁ。
・今日、さる筋から聞いた話題で、「Know me制度」っていうのがある会社。
何?それ?
・社内でね、普段接しない他部門の社員と呑むと会社が呑み代を助成するんだって?
え~、単なる酒好きじゃないの。
・社内のコミュニケーションが活性化して、会社の業績も上がっているらしいよ。
へぇ~。石ちゃんの業績は?
・えっ、いや、うん、まぁ、、、
ほらほら。
・でもね、この間のKさん達との呑み会ではちょっと盛り上がった。
何が?
・山本七平って知っている?
知らない。
・小林秀雄は?
なんか、聞いたことはあるかな?
・石田梅岩、本居宣長、、、
なんか、嫌味に聞こえるけど、、、
・いや、ゴメンゴメン。俺もほとんど名前を聞いたことがあるだけ。
で?
・Kさんが山本七平の『勤勉の哲学』を話題にしてね。
うん。そういう本があるんだ。
・俺は本多勝一がイザヤ・ベンダサンを批判していたから、そっちなんだけど。
わかんない、わかんない。
・いや、山本七平にはいろいろと批判もある。
わかんない。
・俺も、実はわかんないんだけど、、、
じゃ、違う話をしよう。
・いや、ちょっと待て。
ちょっとだけならね。
・Kさんは呑んでも頭脳明晰で、知識も経験も豊富。
うん。
・そこから語ってくれるから勉強になる。そう、勉強になる呑み会なんだよ。
なんだかなぁ。
・でも、こちらがついていけないこともあってね。レベルが違って。
呑み過ぎてるだけなんじゃないのぉ。
・ま、それもあるけど。
そればっかしなんじゃないのぉ。
・いやいや、とにかく、「日本人の勤勉」という話題になった。
うん。
・Kさんは、「障害が重くてもしっかり働くべき」ということを断定的に言う。
断定的は、石ちゃんとずいぶん違うんじゃないの?
・俺も、そこまでは断定的に言うよ。その先が違うんだけど、、、
断定しても行動が伴わなきゃ意味が無い。
・厳しいなぁ、、、やっぱ、俺は断定しない。ダンディになる。
ここでダジャレに持って行くか?
・まぁね。そのKさんの断定のタネ本として山本七平や小林秀雄の主張する日本人の勤勉さや勤労を重んじる精神への論を読み込んでいるという話。
難しいねぇ。
・難しいかもしれないけど、いっしょに呑んでいる仲間の仕事とからめて話してくれるから、説得力もあり、その場の雰囲気としてはすぅっと入れる。
そうなんだ。
・で、ね、いつもは黙って聞いていることが多い俺だけど、今回は話題提供して盛り上がった。
へぇ。
・それがね、「冥利」っていう言葉なんだよ。
何?
・勤労の話のつづきなんだけど、俺が農家さんに教わった言葉でね。「冥利がいい」とか、「冥利が悪い」という使われ方をする。
うん。
・例えば、「食べ物を粗末にしたら冥利が悪い」、などと言う。
それは、よく言うね。「モッタイナイ」ってことでしょ。
・うん、そうだけど。そのときにね、何がモッタイナイなんだろう?
えええ。お金で買ったもの、だから。
・うん、それは否定しない。でも、そればかりじゃないし、じゃあ、もらった食べ物なら粗末にしてもいいのか?
そういう言い方もないでしょ。アゲアシ取り。
・いや、言い方は悪かった。
悪い悪い。
・まぁ、待て。勤労の話をしている。
分かるように話してよ。
・食べ物を得るには勤労がある。お米を代表に考えると、「米ができるまでには手を八十八回動かす」などと言う。
聞いたことあります。それが米という字だとか、、、
・また、それは、今年の米を作るのに八十八回かもしれないけど、田んぼをつくるにも、そこへ水を引く用水を整えるにも勤労があった。
うん。そこまではあまり意識しないけど。
・さらには、米を作る技術は長い時間をかけて勤労によって伝えられてきた。磨かれもしてきた。技術を作るにも勤労があった。
そうだね。
・まぁ、今の機械技術はなんか勤労ということと次元が違うようにも見えるけどね。
それを言っちゃあマズイでしょ。
・うん。マズイね。取り消します。
はい。
・ただ、野良で汗をかく勤労と、コンピューターを操作する勤労はどうしてもかなり異質に思えて、野良仕事を支持したい。
その話は、また別にすればいいんじゃないの。
・そうだね。
で、呑み会に話しを戻すと、、、
・奥さんの手料理がスバラシイ。俺は野菜を提供した。
いいですねぇ。でも、今は「冥利」でしょ。
・うん、そうだった。俺がね、実際にね、農家さんから「(そんなことをすると)冥利が悪いよ」と言われたのはね、稲刈りのときにね、せっかく実った稲をきちんと刈り取らないと、そこまで手をかけてきた仕事が無駄になるよ、というような意味で言われたんだよ、そのことを話したわけ。
ふうん。
・「きちんと刈り取る」ということのなかには、様々な要素がある。鎌の持ち方・構え方、刈った稲の置き方、束ね方、掛け干しの足場の作り方、稲の掛け方などなど。田んぼの歩き方や、田んぼのどこからどういうふうに稲を刈るかなどなど、切りがないほど、、、
難しそうですね。
・うん、そこで難しいからと萎縮してはいけないけど、楽しいからって安易にやってもいけないと、そういうことかと思ったよ。
なるほど。
・これが、刃物を持つと舞い上がっちゃう人もけっこういるんだよね。
石ちゃんも?
・いや、俺はみなさんがきちんとやってくれるかどうかを気にしながら、自分は言わば現場監督だから、自分自身は稲刈りに没入できなくてアタフタしていたよ。
ははは。
・農家さんの技術にはなかなか近づけないけど、精神は学んでいきたいと思うんだ。
その話が呑み会で盛り上がったんだ。
・そう、呑み会は有意義なんだ。
なんだかんだ言って、12月はかなり摂取しそうですね。
・うん、醒めている間がないくらいが理想だね。
、、、
・「冥利」については、拙著『耕して育つ』(コモンズ)にも書いているんだ。
そうだったっけ。ゼンゼン憶えていない。
・オキテ破りだけど、以下に元原稿から転載しちゃう。
ええー、いいのぉ?
・いいの、いいの。宣伝して売らなきゃ。

「冥利」という言葉
シロウトたちが大勢でワイワイ作業する様は、見ようによっては微笑ましいものだろう。
しかし、稲刈りは遊びではない。
相手はお米である。
我々なりに丹精してきたものだし、人の命を養うものであり、それ自体命である。
いいかげんな気持ちでやってよいものではない。
また、いいかげんな作業をするとせっかくの収穫が無駄になってしまう部分がでる。
そういう姿は決して微笑ましいものではない。

刈った稲を無造作に置いて、バラけてしまったり、泥にまみれてしまったり。
ちゃんとまるかないと、乾いたときや風雨にあたったときに掛け干しから落ちてしまう。
架け方もいいかげんだと、やはり風雨で倒れたり落ちたりして鳥の餌になってしまう。
逆にきちんと刈りながら揃えると、まるく人はまるきやすい。
きちんとまるいてあると、架けるときにもきれいに稲束が割れてきれいにかかる。
一つ一つの作業を確実にやるか否かで、次の作業がやりやすくもやりにくくもなる。
それは、架けるところから刈るところまでだけでなく、田植えにまでもさかのぼれる。
手仕事とはそういうものだ。

だから、村田さんには一つ一つを大事にするようによく言われた。
それは、ときとして、「ちゃんとやらないと冥利が悪いんだ」という言葉で現された。
「冥利が悪い」は、「もったいない」とも言い換えられるが、もっと奥のあることばだ。
そこに作物があるのは、ともにものを作る仲間の誰かの仕事があったからだ。
その作物を粗末にすることは、その仕事を粗末にすることでもある。
それは、ともに生きる仲間を粗末にし、自分自身の仕事への誇りすら粗末にしてしまう。
それをもって「冥利が悪い」という。
仕事には心がこもっているから、その心を大切にしようということだろうか。
いいことばだと思っている。

この「冥利」ということば、「冥利の悪い」という表現に、後に本で出会った。
戦前に歌人窪田空穂が書いた文章でだ。(日本の名随筆84『村』作品社に収録)
そこには、「冥利」とは、経済が価値基準となる都会では理解されないとある。
「自分の勤労をいたわると同じ程度に、他人の勤労をもいたわる農村の心」であり、
それは、自給を旨とした「大地と農民との間に生まれた」「農村の魂」だとあった。
感激した。
話が大袈裟になるが、「福祉の魂」があるとしたら、これに通じるものだろうと思う。
そこだけ読んでも、いまひとつわからないかもね。
・そうだね、ちゃんと春夏秋冬を味わって読んでもらいたいね。
宣伝しているわけ?
・そうです。1人でも読者が増えてほしい。
売れてほしい、ってこと?
・そういう言い方が、冥利が悪い、って言うんだよ。
コモンズのサイトからhttp://www.commonsonline.co.jp/tagayashite.htm
・私に直接声をかけてくだされば、スペシャルプライスでお譲りします。

(石田周一)