第194回 市民が耕す田んぼ(な~に谷っ戸ん田の話 その2)

2024.10.30
いしだのおじさんの田園都市生活

美味しい米を食べたかったら、自分で米を作ろう!
と、な~に谷っ戸ん田の経験をふまえて前号に書いた。
(ちょっとエラそうだったかも、、、ごめんなさい)

だが、しかし、一般ピープル(市民)が自分で米を作るのは、
そう簡単ではない、というか、難しい。
米作りの技術もそうだが、そのスタートラインに立つことが難しいのだ。
(じゃあ、「自分で作ろう」とか言うなよ、だよね。ごめんなさい)

まず、田んぼの確保。
これ、そう簡単ではない。
そもそも、農地の貸し借りには制約が多く、原則、市民は農地を借りられない。
私は、ここ数年、認定市民菜園という横浜市の制度で畑を借りて野菜を作っている。
ま、この制度を使って田んぼも広い意味で菜園とすれば借りることができるかも、、、
しかし、そういう例は、未だ見たことがない。

な~に谷っ戸ん田は、
栽培収穫体験ファームという横浜市の制度で市民が田んぼを耕作した。
これは、「借りた」のではなく、栽培と収穫の体験。
作っているのは、園主さん、という国税庁のオスミツキ。

毎週の濃厚な農耕体験。
栽培収穫体験ファームは横浜市に現在50カ所以上がある。
が、そのほとんどが畑での野菜作りの場で、学校農園を除いた田んぼ版は無い。
しかし、耕作されていない田んぼは多数ある。
そこに市民が入っていく余地が無いわけではないのではないか。
(自分でもワカリニクイ説明だと思いながら書いている)

あわよくば、田んぼは確保したとして、
米作りでは、どうしても機械が必要になる。
畑ならば、面積が小さければ、または、根性があれば、
機械無しでも耕作は可能だろう。
鍬と鎌とスコップなどがあれば、、、
しかし、田んぼではそうはいかない。

田起こしと代掻きにはトラクター(ないし耕耘機)。
田植えには田植え機。
稲刈りには稲刈り機。
途中の管理では、草刈り機も。
無農薬志向なら田車。
稲刈り後は、脱穀機、籾摺り機、精米機、、、

田植えくらいは、根性を出すか時間をかければ手でもできるが、
あとの作業はどうしたって機械が必要。
それぞれの機械は、年に一度しか使わないのだが、、、
田舎ならともかく、横浜ではそれらの機械を置く場所にも困るわけで、、、
上記の機械を全部納めるには、車なら4台入るくらいの倉庫が最低必要だろう。
ハードなハードルだ。

では、な~に谷っ戸ん田では、なぜ、一般ピープルに米作りができたのか?
3つの理由を挙げよう。
・農家さんのチカラ
・行政の支援
・コーディネーター

まず、農家さんのチカラ。
当初、提案を受けても、「そんなことして、オモシロイかなぁ?」と言って、
やる気無さそうだったTさん。
提案からずいぶん経って、忘れたころに、「ま、やってみるか。でも、条件があるよ」
と、連絡が来た。
条件は、コーディネーターがしっかりとみんなをまとめること、などだった。

Tさんは、最新式の機械を所有して多くの田畑を効率的に耕作している。
一方で、昭和40年代ころの機械もしっかり保管していて、これが素晴らしかった。
最新式の機械では、一人であっという間に作業が終わってしまう。
大型トラクター、乗用田植え機、コンバインなどだ。
市民が共同で作業する田んぼでは、機械も使いながら大勢で作業を楽しみたい。
効率も少しは必要だが、むしろ時間をかけて楽しみたい。
耕耘機、田植え機、稲刈り機は、一昔、いや二昔前の歩行式が良い。
稲は天日干しをして、ハーベスターでの脱穀をワイワイやりたい。
いわば、昭和の田んぼ作業。
家族総出で働き、野良でお茶や弁当を広げる、あの風景。
機械好きのTさんが、古い機械を大事に保管していてくれたので、
楽しく作業ができた。
素人が楽しんでいる姿を農家さんも楽しんでくれていた。
こういう農家さんのチカラ、大事。

そして、行政の支援。
横浜市では、実は、(飛鳥田さんの)古くから、
「都市には農業が必要」という思想があった。
そして、それは、時代が変わり、市長が代わっても、
現場で、ゆらがなかった。と、石田は思っている。
な~に谷っ戸ん田は横浜市農政の支援を受けた。
そこに暖かい人間関係があった?
そうなるように仕組んだコーディネーターがいた?

そう、3つ目のキモは、コーディネーター。
なんだけど、その話は、またの機会にしましょう。

(下剋上日本一!だー! 石田周一)

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