第193回 美味い米を食べたいならば (な~に谷っ戸ん田の話。その1)

2024.9.30
いしだのおじさんの田園都市生活

一枚の写真がある。
青葉区のある谷戸で撮られたものだ。
作業着姿の男女15人ほどが、そろって充実の笑顔でポーズ。
その前には米袋がズラリと並んでいる。
初めてみんなで収穫した米。
中身は、30㎏ほど。

この写真を、講演などのとき、良く紹介する。
前後に、その谷戸の景色や作業の様子も見てもらう。
谷戸は多様な生き物を育んでいるし、
みなさんは、泥まみれだが笑顔。
そして、作業は機械も使った本格派。

講演では、以下のように続ける。
「みなさん、家に持ち帰り、さっそくその米を食べたら、
その感激を黙っておられず、MLにどんどん投稿。
『こんなに美味しいコメは初めて食べた』と、異口同音の大絶賛!」
と、声を大きく、なんならオクターブ上げて、しゃべる。
すると、
えええ、そんなに美味しいの?
と、会場のみなさんのリアクション。
そこで、
「いやぁ、食味の専門家なら、そんな評価にはならない、はずです」
と、続けると、
会場からの笑いが取れる。

しかし!
しかし、ですよ。
その写真のみなさんにとっては、
やっぱり、間違いなく、初めての美味しさ!だったのです。

理由があります。
そのお米、は、
唯一無二、初めて自分たちで作った米、だったのです。

春の田起こし、種籾まき、代かきやくろつけ、そして田植え。
夏は、ひたすらの草取りと草刈り、途中、BBQで暑気払い。
秋に稲刈り、脱穀、そして籾摺り、そして、山分けしたのです。
田んぼに入るのも、稲に触るのも、機械を使うのも、草を取るのも、
全て、初めての体験。
それを、全身と全霊を使って、
ときに、戸惑いもあっただろうが、
ワクワクしながら、楽しんで、
汗を流して、
そして、収穫!
米!
どこにも売っていない、自分の米!
美味いに決まっている。

その美味さは、
舌先で感じるものではない。
身体全体。
田んぼで米が育つのを目の当たりにしながら、
その現場で動かした身体全体で味わう。
季節が進む中での様々な体験があるので、思い出と共に、心でも味わえる。
だから、「こんなに美味しい! は、初めて!」なのだ。

そう、米は自分で作ると、とびっきり、美味しいのだ。

農作物は、作られるのでなく、できる、のだと思っている。
水と土とお天道様が作るのであって、人間が作るのではない、
が、耕作者は作るつもりで、土や作物と向き合う。
お世話をさせてもらうと、謙虚である方がいいのだが、
初心者のみなさん、「作った」と、思って、
作ってみたら、こんなに美味しいものは初めて!
いや、いいじゃないか!

そんな、米作りのプロジェクトをやっていた。
(このコラムにも度々書いてきた)

農家さんのお世話になりながら、
横浜市の制度、栽培収穫体験ファームを使わせてもらって、
仲間を集め、
ある谷戸の1反5畝の田んぼに、
会員を12組、募ってやっていた。

命名「な~に谷っ戸ん田」。
ご先祖様に申し訳ないようなネーミングだったが、
地権者さん(地域の名士の方)も、「いいね」と認めてくださった。
命名者のタグイマレなセンスには脱帽するしかない。
誰だ?

「米を作る」という意味で、
「田んぼを体験する」より本格的な作業参加を目指した。
「体験」の場合、象徴的な田植えと稲刈りだけ、ということもある。
しかし、我々は、毎週に作業を設定した。
上記の繰り返しになるが、
春の田起こし、種籾まき、代かきやくろつけ、そして田植え。
夏は、ひたすらの草取りと草刈り、途中、BBQで暑気払い。
秋には稲刈り、脱穀、そして籾摺り、して、山分け。
その一つ一つに、初めてのワクワクがあり、
毎週だからこそ感じられる稲の育つ姿の感動があった。

毎週、頑張り、毎週、楽しんだ。
谷戸の田んぼでの作業。
収穫と共に、
「なぜだろう 稲が米になる 寂しさよ」
と、(誰が詠んだ?)
谷戸に通わなくなるのは、寂し過ぎると、みんなが言い出した。
そこで、秋から冬に向けて田んぼの外に出て、周囲の雑木林の整備作業が始まった。
これも、初めての、鎌や機械でのネザサの茂る藪の刈り払い。
すると、そこに広い空間が現れ、散ったクヌギやコナラの葉が積もった。
(春にはご褒美のキンランが咲いた)
その落ち葉を集めて堆肥に積んだ。
子どもたちは落ち葉のプール!

美味い米を食べたことで、谷戸への思い、農への思いが自然と醸成され、
毎週谷戸に集うことで、それは醗酵していった。

そう、米の美味さは醗酵(微生物)とも関係している、
かもしれない。
毎週、谷戸に通い、田んぼで身体を動かせば、
泥の中の微生物が自然と身体に入り込み、循環する。
これこそ、真の「身土不二」。
だから、美味い!
他の人には感じられない、美味い!だ。

そう、
美味い米を食べたいならば、自分で作ること!

(次回も、な~に谷っ戸ん田の話、の、予定 : 石田周一)