第183回 「実」と「虚」と

2023.11.30
いしだのおじさんの田園都市生活

ビールはエビス、お酒は地元の純米酒。
自家野菜たっぷりの豆乳鍋と野菜の天ぷらなど。
練炭コタツの上に並べられ、さて「乾杯!」のそのとき。
その家の3匹の猫のうちの1匹が現れた。
口に何かくわえている。
ネズミ。
猫、身をよじらせている子ネズミを数秒のうちにたいらげた。
石田、びっくり。
でも、その家の家族は、「たまにあるんですよ。こういうこと」と平然。
「捕まえるけど、ちゃんと食べない子もいるんですよ」とか。

乾杯。
20数年ぶり(でもSNSではときどき近況連絡)の旧交をあたため、
楽しい宴。

その家には、猫3匹、犬1匹、ヤギ3匹が飼われている。
いや、「飼われている」というのとはちょっとチガウ気がする。
同居者?
都会の人間がペットを家族というのとは、また、全くチガウ。
ニワトリはチャボや烏骨鶏も含めて30羽以上。鶉もいる。
手製のハチの巣箱が多数。
今は空室だが、時季によっては空を埋めるほどの日本ミツバチが飛ぶという。
ヤギはちょうど種付けをしたところで、春に出産予定。
数か月前からさかりがついて、悩ましい声も出ていたそうだが、
厳冬期を避けて春先に出産するように調整していたのだという。
ニワトリや鶉も、親が孵したり、孵卵器を使ったり、代理母作戦もあるとか、、、
猫もこの家で生まれた子たち。

宮城県丸森町、つぶら農園
石田が訪れたのは、およそ25年ぶり。
前回は、新婚の二人が自分で建てた小屋でランプ生活をしていた。
小屋は1万5千円ほどで建てたとか。
今の家もほぼ自作で3軒目。
家と並んで、風呂、図書室、納屋、倉庫、トイレなども自作。
ヤギ小屋、ニワトリ小屋、デッキ、ツリーハウスなども自作。
どれも廃材利用などで工夫して作られている。
風呂は石組みをしてある薪風呂。
石が大きく、先に風呂を組み立ててから小屋を作ったという。
宴の後に気持ちいい湯をいただいて、温まってぐっすり寝た。
どの建物も、お金をかけていないということよりも、「実」を大事にしている魅力を感じた。

子どもは男の子が4人。
そのうち上2人はすでに独立。
2人とも高校入学を機に親元を離れて暮らしたそうだ。
子どもも2人目からは自宅出産とのこと。
お父ちゃんもエライが、お母ちゃんがとにかくエライ!と思う。

家の周囲には田んぼ、畑、雑木林が広がる。
土地は1町歩あるそうだ。
前回訪れたときには、田んぼが5反ほどあった。
全て手植え手刈り不耕起の自然栽培。
ニワトリも400羽。
生産と循環があった。
「実」である。

が、今は、、、
1反弱の田んぼに自家用米を作付ける以外は休耕。
ヤギやニワトリを放つ場や畑として利用。
フルに作付けていたころは、米と野菜と卵などを販売。
配達に子どもたちも同行するなど充実していた。
しかし、その暮らしは壊された。

原発事故、、、

放射能、、、

農作物の販売はできなくなった。
そこに住んでいること自体が不安にさらされた。
彼らも、一時期は移住も頭をよぎったようだ。
田畑も世話するから来ないかと、声をかけてくれた人もいくつもあったという。
移住して来て日の浅い仲間などは、また他所へと避難していった例もあった。
しかし、彼らは移住から15年以上かけて根付いた土地を離れることは難しかった。
「選択肢として無かった」と。
子育て支援施設に勤めに出て、「サラリーマン」生活となった。
もともと子ども好きで、ボランティアもしていたし、保育士資格も取った。
しかし、一方で、やはり農作業の時間が削られ、田畑との距離ができてしまった。

その後、水害やコロナ禍も経験して、
今は、また、
「”農”を基本とした生活に戻りたい」
「何より安心です。それが普通です。」
とのこと。(つぶら農園のブログより引用)
毎月、農園を開放していろいろな人に”農”を体験する機会も作っている。
畑が猪に荒らされるなどもありながらも頑張っている。
地道な活動に敬服する。
いや、彼らは「普通」を取り戻そうとしているだけなのかもしれない。
「実」だと思う。

園主と知り合ったのは、「東京農大緑の家」との付き合いからだ。
30年以上前、彼の先輩たちが今の横浜市青葉区で活動していた。
初めてその家を訪れたときの、衝撃と興奮は忘れられない。
さくらんぼ会、グリーン、と、ボランティアに来てくれた学生たち。
その周囲に、また多くのユニークな仲間たち。

今回、農園への道中はまた別の友人の車に同乗させてもらった。
途中、大熊町に立ち寄った。
高台から原発を見た。
事故で風景は一変。
事故前の町には原発で経済的に潤った部分もあったが、それを農業の整備に多く回していた。
やはり、農業という「実」があってこその町ゆえか。
しかし、農地は汚染され、そこを造成した土地に新しい町役場などを建設。
新しい住宅や商店は、主に廃炉の仕事をする人たちのためのもの。
少し走ると「帰還困難区域、立ち入り禁止」の看板。

薪風呂で温まって熟睡した翌朝。
4時前からニワトリの元気な声に起こされた。
もう一度まどろんで、明るくなりだしたころ外に出た。
ヤギたちが小屋から放たれ、休耕している田んぼに繋がれていた。
朝食には、ヤギの乳と「寒くなるとあまり産まない」という貴重な卵をいただいた。
美味しいというだけではない、生命力を感じるものだった。

出勤する彼を見送り、彼女にまちを案内してもらい、帰路に着いた。
阿武隈急行を経て、新幹線に乗り、帰った。
福島産の電気を消費していた都会へと、帰った。
都会の暮らしには、「実」が無いとあらためて感じた。
「虚」だ。
都市生活者は「虚」の上に暮らしている。

「実」があったはずの大熊町の景色は、「虚」に飲み込まれた。

つぶら農園の「実」を取り戻す取り組み。
同行の友人は、「眩しい」と表現した。(カメラマンらしい?)
同感。

石田、つぶら農園の取り組みを見て、帰ってきて、恥ずかしくなった。
「虚」の上にある都市生活。
そこに暮らしているのだが、少しでも「実」を得たい。
そのためには、、、
やはり、土に向かうことだろうか、、、

(園主は中学の後輩でもある、石田周一)