第177回 絵本の続き 田植え 

2023.5.30
いしだのおじさんの田園都市生活

今年の我が社の田植えで活躍したのは、MくんとSくん。
(今の私の「我が社」は、本当は公園だけど、ここでは幸陽園農耕班)
最初は職員が横についてアレコレ言って動かしていたが、
進むにつれて二人とも一人でしっかり作業できていた。
小気味よいリズムで苗は田んぼに並んでいった。

二人は、いわゆる行動障害のある重度の知的障害者だ。
コミュニケーションの難しさからいろいろと問題を起こす、こともある。
「粗暴行為」により怪我人が出たこともあった。
常に職員が見守る、というか監視するかたちになってしまう。
本人が悪いわけではない。
環境との調整に困難があるのだ。
その困難ゆえ、獲得できていないものや誤学習しているものがある。
家庭や職員、つまりは社会の力量が足りない、ということもある。

二人が活躍してくれること、田に早苗が並んでいくこと。
予想はしていたが、確信までは無かった。
その光景を見ることができて、私は、嬉しかった。
このときの二人は楽しそうだった。
労働しながら解放されていたのだ。
田植えの意味までは理解できないレベルの知的障害ではあるが、、、

田んぼには、泥に30㎝間隔の碁盤の目のスジが引かれている。
「尺角」と言う。
手製の筋引きを持って後ずさりしながら引いたものだ。
職員の仕事だ。
これは、ちょっとテクニックの必要な作業。
また、それ以前に代かき、均平、水抜きがしっかりできていることも大事。
均平は、角材を引いておこなうが、ここでもMくんは、その体力で活躍した。
筋引きは、垂木に鋲のような形のプラスチック製のマルチ押さえを固定し、DIYした。
これは、サツマイモなどの植え付けのマルチの穴あけでも使う。
きちんと尺角のスジが引けることが、稲のでき=米の収穫に大きく影響する。

田植えでは、スジの交差したところが苗を植える目印だ。
きちんとスジが引けていれば、田んぼに整然と苗が並ぶことになる。
その後の田車による除草などがスムーズになる。
それに、自閉症スペクトラム障害の彼らはスクエアーなものが大好きなのだ。
規則正しくマークされたものに部品をはめていくような作業ならば、、、
ことばを話さないようなかなりの重度の知的障害者でも、、、
いや、むしろ、言語生活をしていないからこそ、視覚に頼った作業が成立する。
「尺角」は大事なのだ。
逆に、やたらとオシャベリをするTくんなどは、ものをちゃんと見ることが苦手。

苗は、プラグトレー(セルトレー)で育ったポット苗。
これも、視覚的に規則正しく穴が並んでいるシロモノ。
今年は、228穴と128穴のプラグトレーを使った。
以前は、みのる産業の448穴を使っていたこともある。
(みのる産業は有機稲作でよく使われる資材を生産しているステキな会社)
トレーには手で種まきしている。
「2粒だよー」と言いながら、みんなでやった。
3粒や1粒になってもOKなのだが、4,5,6とまいてしまうこともある。
生真面目に直すこともあるが、たくさん並んだ穴のいくつかにミスがあっても、、、
そのあたり、大雑把にやっている。
これまた、オシャベリさんより寡黙な農夫の方が確実な仕事をする。

種まきして覆土したトレーを畑に並べていく。
畑はトラクターで耕し、土をフカフカにしておく。
その上にトレーをセットし、板をのせて人が乗り、踏みつけてトレーを土に圧着させる。
すると、土の上に籾をまいた陸苗代と同様の状態になる。
発芽後の根はトレーの下の穴から土に伸びていく。
畑に行けず水やりができない日も枯れることはない。

以前は陸苗代を作っていたこともあった。
これは、たいへん。
まず、ちょうどいい間隔で種をまくのが難しい。
そして、田植え準備の苗取りに手間がかかる。
苗を1本ずつ抜いて100本ほどで束を作り、藁で結わいて(「まるく」という)作業。
苗を取るのも結わくのもテクニックを必要とする。
この束を田んぼに運び投げて配るのも、植えるときの扱いもやはり簡単ではない。
と、なると、自閉さんや子どもたちの参加が難しくなる。
職員やボランティアが作業の主役になってしまったりする。

トレーで育った苗は、畑からべりべりとはがして、トレーごと田んぼへ運ぶ。
それが苗取り。
取り外し式というか移動式の陸苗代と言えるかもしれない。
トレーの下から土に伸びた根は切れてしまってもかまわない。
それぞれの穴から苗を外すと穴の形に弾丸のような根の回った苗となっている。
生育が良いと、5葉くらいに分げつした成苗となっている。
それをひとつずつ目印に植えていく。

碁盤の目の四角のひとつに片足もうひとつにもう一方の足を踏み込む。
トレーはその横に置く。
トレーから苗を外し、目の前の十字3つに苗を植える。
植えた苗の間に歩を進め、トレーは引きずって進めて、次の3つを植える。
これを繰り返すと、3列の苗、1列の通路、という田んぼができていく。
これが、自閉さんが好きなパターン。
見て理解したらどんどん進んでいく。
1列分の通路に苗が植わっていなくても、その空間の分苗は太り、収穫はじゅうぶんとなる。

手植えの田植えをするときは、目印のついた紐を使って、横並びに一斉に植えることが多い。
紐の両端を持つ係がいて、横並びの全員が苗を植えたら、紐を進める。
「みんな、植えましたか?」などと声をかけられながらの集団行動となる。
集団行動の苦手な私が初めての田んぼでこんな経験をしたら、、、
もしかしたら、田んぼがキライになっていたかもしれない。
障害者や子どもも参加しにくい。

また、手植えの苗に機械用のマット状の苗を使うこともよくある。
あれは、根が絡まっていて、数本ずつはがすように取るのは、これまた難しい。
こうなると、もう、自閉さんや子どもは、一人では無理だよね。

田んぼに目印が引かれた尺角植えでは、横並びになって人に合わせる必要が無い。
作業の速い人もゆっくりな人も、個別にその人のペースで作業できる。
田んぼの向こうとこっちから始めて行違うことだってできる。
これが、とてもいいところだ。
今回大活躍のMくんやSくんは、横並び方式だったら参加が難しかったかもしれない。
そもそも横並びがキライだし、やり方を言葉で説明されても理解できないだろう。
そういう意味でも、トレー式尺角植えは理にかなっている。
自閉さんや子どもでなくとも、このやり方がいいのでは、と、思っている。

午前、Mくん、Sくん、他にも、Aちゃん、Fさんが頑張って田植えが進んだ。
この時間は、寡黙な農夫たちを中心としたほぼ静かな時間だった。
が、オシャベリなTくんといえば、、、
「左足はソッチじゃなくてコッチ」
「ここの線が交わったところに植えるんだよ」
「あー、あー、チガウでしょ」
「えっ、えっ、あらららら」
などと、職員とバタバタとウルサイ。
せっかくの田んぼの空間に無駄な言葉がばらまかれているようで残念。

午後から、『でんえんとし さとやまっ子』たちが参加してくれた。
本の中で「たっくん」と呼ばれている子は、実は、TくんとAくんとSくん。
絵本の舞台でお話は続いている。

幸陽園のTくん、子どもたち相手に自分を「オニイサン」と呼びオシャベリが盛り上がる。
ニギヤカといえばよいのかもしれないが、、、
おいおい。
まぁ、明るいからいいかぁ、、、
もちろん彼にもいいところ、得意なこともいろいろとある。
しかし、健常に近いことで、苦しいこともあるんじゃないかな、と、思うこともある。

尺角を経験済みの子どもたちは田植えを進める。
初参加の2歳、3歳の子も、母といっしょに田んぼに入る。
黙々と植える子がいる。
飽きてしまう子もいる。
田んぼに入りたがらない子もいる。
その子に見守られながら田植えを楽しんでいる母もいる。

今年もいい田植えだった。

(集団行動が苦手な、、、石田周一。絵本の配布、始めています)