第36回 都会の夏
2011.8.31いしだのおじさんの田園都市生活
数日前の驟雨が季節の空気を変えた8月の終わり。
昼食に拙宅の隣の畑の野菜が並んだ。
ゴーヤーの天ぷら、ミョウガの味噌和え、ナスの煮浸しに大葉をあしらう。
きゅうり、にんじん、なすの糠漬け。
糠床には新鮮な野菜が入れ替わる。
糠床がある幸せ。
朝、私はまず畑に隣接した部屋の窓を開ける。
いや、昼も夕方も、間があると、窓から、あるいはベランダから、
畑を眺める。
畑は家から見下ろされる位置にある。
周囲に目を転じれば、マンションが立ち並んでいるが、
ここだけが奇跡的な空間だ。
今朝、7時、もう、おばさんがミョウガを収穫している姿があった。
そのミョウガが昼食にのぼる幸いがある。
この間、この畑は多くの恵みを分けてくれた。
じゃがいも、かぼちゃ、ピーマン、いんげん、トマト、オクラ・・・
そして、子どもが大喜びするスイカ。
直売所まで歩いて2分。
野菜の数や種類がそう多くないのが、余計に期待を高める。
畑と逆方向に5分ほど歩くと「地産マルシェ」という店もある。
新鮮な野菜が安価で手に入る人気の店のようだ。
生産者の名前やレシピ紹介もあり、雰囲気がいい。
こちらもときどき利用させてもらう。
しかし、こちらは群馬などから素早く運んでこられる「新鮮」だ。
その畑の空気まで吸えるわけではない。
「隣の畑」、
ちょっとエラソウナ呼び方が気になるが、
まことにありがたい存在だ。
あとからやってきて隣に住まわせてもらっている、
そう言ったほうが正確だろう。
その畑を子どもと一緒に見学させてもらった。
夏休みの自由研究。
デジカメで20数種類の野菜を撮り、
画用紙に貼り付け、
感想などを交えて形にした。
イヤダキライダの小学3年生の「宿題」。
だが、少し畑に興味を持ち始めていて、
そして、畑は野菜だけでなく、虫もたくさんいるので、
楽しめたようだ。
ヒキガエルや鳥の巣など予想しなかったものも見られた。
数日後にはクモがセミを捕食する姿にコーフンした。
作業をしていたおばさんはにっこり迎えてくれた。
過日、この子がスイカを買いに行って、
あわててスイカを落としてしまったことがあった。
笑顔で対応してくださり、おまけまでしてくれた。
それで顔見知りになっていた。
「これが里芋よ」などと教えてくれた。
「いえ、わかりますから」などとは言わない。
暑い中で作業をしているおばさんもカメラに納めた。
きょうもこの子は直売に行こうとしている。
しかし、子どもたちは野菜が好きかといえば・・・
好きで取り合いになる野菜もあるが、
苦手で敬遠するものが多い。
野菜を食べることに魅力を感じていない。
自分が苦手であることを、「キライ」を通り越して「マズイ」と言う。
私も「あらら」を通り越して「とほほ」になる。
いや、誰かを責めている訳ではない。
責められないだろう。
平均的な都会の子どもなのだろう。
畑との付き合いの中での変化を期待したい。
「いただきます」「ありがとう」「ごめんなさい」
彼をな~に谷っ戸ん田に数回連れて行った。
虫かごを持って、雑木林を歩いた。
(作業中にゴメンナサイ)
初回、私がすぐにオスのカブトムシを発見。
「子どものころは虫捕り名人」の面目躍如。
彼の虫をつかむ手はふるえていた。
都会のマンションに連れ帰った。
2回目、他の男の子も加わって、再び虫を探した。
しかし、そう簡単には見つからない。
前回は運がよすぎたのだ。
私は子どもに戻り、勇んでヤブコギをする。
くもの巣が顔にまとわる。
いや、私はくもの巣を見つけるか予想するからダイジョウブ。
くもの巣は都会っ子を攻める。
「ねぇ、カブトムシ、いないじゃん、どこにいるの」
と、
その言い方は、まるでデパートでモノを探すかのようだ。
目の前にいないから、探すから、楽しいんだろ。
ワクワクするじゃないか。
と、言いたいが・・・
さらに歩けば、蚊に刺され、草で足を切る・・・
なんとか後ろをついてきてはいるが、
「ねぇ、まだぁ、死んじゃう」と簡単に口に出す。
そろそろ限界かな?
もう少しで雑木林の切れ目だ。
きょうはあそこまで行ってギブアップとしよう。
・・・
「ホネオリゾンノクタビレモウケ」って言うんだよ、
なんて語りかけて、時間をかせぎながら歩く。
「俺もあきらめた」
こういうこともある。
あきらめることも、また、必要な体験だ。
雑木林が切れたところにある農道に出ようとした。
すると、そのとき、
「あっ、いた」との声。
農道との境の木にメスのカブトムシが歩いていた。
あきらめていた私はよく見なかった木だった。
おっかなびっくりで木からカブトムシをはがそうとする。
その手にまたヤブ蚊が襲いかかる。
顔にも。
半泣きになりながらの捕獲。
それでも、自分で見つけて自分で捕った獲物。
その後、この虫は都会の部屋で卵を産んだ。
私たちはちょうどその産卵シーンに遭遇した。
隣の畑、
でかけていく谷っ戸ん田、
そんな夏を過ごした。
(いしだしゅういち)