神奈川・緑の劇場 vol.10

2022.4.17
神奈川・緑の劇場

ウクライナの人々は、ロシアを、ロシア人をこれから先、どう思うのだろう?今日現在、停戦は実現していない。侵略が止まらない限り、犠牲者は増える。命を失う。家族を、愛する人を失う。体に、心に生涯消えない傷を負う。恐れ、悲しみ、怒り、憎む心は次世代に引き継がれる。侵略が続く限り取り返しのつかない惨状が広がる。

私たちは、今ならば、ウクライナの人々を思い、その気持ちを想像することができるのではないか。

今から90年前の大日本帝国ではどうだったのだろう?

立場は逆転する。

今のロシアには、たいへんな怒りと恐怖を感じるのではないか?

しかし、今のロシアにまさる大日本帝国の狂気にアジアで2000万人が犠牲になったといわれているのだ。

名前が日本国となっても、中身は変わらないと,諸国から強く警戒されても仕方がない。今のロシアの身勝手な狂気を見れば容易に想像できるのではないか。

かつて、アメリカをはじめとした連合国軍を相手にして、あれだけの戦争をやり続けた日本に、再び攻撃能力のある軍隊を持たせたらどうなるのか、日本が戦争することを可能にすることは、アジア諸国、とりわけ日本の植民地となった韓国と北朝鮮の人々と、侵略を受けた中国の人々にとってどれほど恐ろしいことか、今のロシアを見て、想像し考えてみたい。

日本国憲法を持ち、第9条を持つことが日本にとって大事なのは、近隣諸国を二度と脅かさないと誓うことで彼らの安心を保ち、日本が国際社会に復帰することができたのではないか?

大日本帝国は、他国に対して、世界史上もっとも残虐の限りを尽くした国の一つに違いない。

そして、日本国と名前が変わっても、わずか一世代か二世代前までの私たち日本人は、特攻攻撃を行い、本土決戦、一億玉砕を唱えて戦ったのだ。

そのような国が世界中の他にあるだろうか?

ついに広島、長崎への原爆投下、ソ連の大日本帝国への参戦によって、ようやく無条件降伏に至ったのだ。

同時に、その大日本帝国にあって侵略戦争に反対し投獄され拷問され虐殺された若者たちがいた。

国を思い特攻作戦に散った若者たちと同じ、やはり国を思えばこそ命をかけた若者たちだった。

今、ロシアの侵略を止めるには、かつて弾圧に抗って反戦を貫いた日本の若者たちと同じように、ロシアの人々が命がけで反戦を掲げて立ち上がらなくてはならない。ウクライナの市民の命が失われることを止める責任がロシア国民にはある。ウクライナを侵略する政府を作ってしまった責任がロシア国民にはある。

だが、今となっては、容易なことではない。

しかし、このままでは、かつての大日本帝国にアメリカが対したように、再び核兵器を使うところまでいってしまうのだろうか?

核戦争をしようとするのだろうか?

アメリカの攻撃能力軍の前線基地である米軍基地がある限り、核兵器の攻撃を日本国内の基地が受けても不思議は無い。

各国の軍隊において、まず命のやりとりをさせられるのは、各国の若者たちだ。私たちの、いよいよ孫の世代ではないか?!。

孫たちに殺し合えと命令する国の指導者たちは無能である。

一番弱い無力な立場から見れば、話合いで紛争を解決できない者たちを指導者にしてはならないのだ。

ロシアだけではない。これ以上、戦争に至るような無能で、孫たちの命を犠牲にする政府を、お互いに作らないために、各国民はお互いを尊重し理解し合う努力をし、交流を重ねなければならない。どれだけ交流しても、し過ぎることはない。

核兵器はもちろん、最先端技術による軍備をもってしても、自国民を守るすべとはならないことを、私たちは直視しなければならない。

そして、アメリカの法学者らによる188カ国の憲法調査では世界で主流になっている人権条項をすべてみたすという日本国憲法。その前文と第9条を、世界各国が共有し、実現を目指すことこそが、戦争を繰り返さない道なのだ。

かつての戦禍によって命を落とした先人たちからの願い、私たちに託された願いが、結実して実現したのが日本国憲法であり、第九条なのだ。人類が共通して求めることができる理念なのだ。

他国への敵愾心を煽り、軍備増強をそそのかし、勇ましいことばで若者たちの命を犠牲にして恥じない無能な政治家は、各国民の力を合わせて各国の指導者から追放しなければならない。

私たちの時代は、国境を超えて、平和に、安心して暮らし、ひとりひとりの幸せを求めて連帯することができるはずだ。

環境活動家、スウェーデンのグレタ・トゥンベリに触発されFFF〝未来のための金曜日〟として連帯し行動する世界の若者たちの姿が、絶望してはいられない、世代を超えて立ち上がれと人々に勇気を与え、未来に展望を拓こうとしているではないか。

世界中の若者たち、子どもたちを、いっさいの戦争から守るのは、世界中の大人たちの責任なのだ。

(2022年4月14日記  三好 豊)

三好 豊(みよしゆたか)

1954年に生まれ父親の転勤により各地で育ちました。 1975年10月、杉並区阿佐ヶ谷南の劇団展望に入団。1982年退団して横浜に戻り演劇活動に参加してきました。1987年5月、(有)神奈川農畜産物供給センターに入職し、県内各地、各部門の生産者に指導を受けることができました。2004年に退職し「神奈川・緑の劇場」と称して県内生産者限定の野菜の移動販売を始めました。NPO法人よこはま里山研究所・NORAの支援はたいへんに大きく、これからも都市の暮らしに里山を活かす活動の一環として生産者との関わりを大切にしたいと考えています。また(株)ファボリとその仲間たちとの繋がりには、心躍るものが生まれています。