第153回 タカラモノ

2021.5.30
いしだのおじさんの田園都市生活

田植えを終えて1週間。
苗は活着しつつあり、漏水を修正して深水もそこそこ、
草の芽がポツポツと見え始めている、
が、悪くない。
穏やかな気持ちでいられる。
感謝だ。

10日前の田植えの日の朝、
6時に家を出て、上谷本の自分の畑で作業して、
7時には新治の田んぼに入った。
前日にできなかった田んぼのスジ引き(作業)を始めた、
が、すぐにスジ引き(道具)が壊れた。
プラスチックの部品が劣化していたのだ。

焦った。
対応策を考えた。
垂木に木ネジで固定していたプラスチックのマルチ抑え、
予備がそんなにないし、インパクトドライバーも手元にない。
そこで一計、
150mmのコースレッドがあったな、あれで、、、
と、軽トラにスジ引きを固定して、新治から自宅に向かい、
必要なものをそろえ、
そこでまた一計。
助手席にM君を乗せて上菅田町の職場に向かい、
スジ引きを応急で修理した。

この間の私の心情は、、、
ちょっとしたトランス状態?
田んぼの神?
いや、稲の神?
何かに取りつかれたような、
前の晩に抱えていた不安の種たちが変異したような、、、

さぁ、田植えだ、なのだが、
M職員、またK利用者の対応となり、急遽田植え組から離脱。
人材流出。
代わって女性のY職員の参加、で、利用者4名と新治に向かった。
「ま、できることをやるだけ、だよな」、
と、肩の力を抜いて、田んぼに入った。

午前中にスジ引きと苗配りをして、午後からの田植え開始。
初めての田植えである利用者KくんとYくんに、それぞれ私とY職員が対応し、
1本、1本、苗をトレーから取り出し、植えていく。
Kくんは「視覚優位」ゆえ、しばらくすると一人で作業できるようになる。
YくんはY職員のサポートを楽しむようにいっしょに植えている。
田んぼの泥の感触を味わいながら、、、

2年目の新人で、田植えデビューだったKくん。
翌日もしっかり植えて大活躍。
ワイワイと植えている親子たちの近くで黙々と作業に集中。
私は動画をLINEで送り、田んぼから遠く別の業務にいる10数人の職員間で共有。
一人でスイスイ確実に植えているKくんの姿。
「素晴らしいね」とコメント。
身体つきもしっかりしているし、「視覚優位」で、作業能力は高い。
これくらいできて当然、と、私は思っていた。
と、言ったら、後出しじゃんけん?かな?

なの、だが、、、
彼、養護学校高等部の卒業を控えた昨年の春先、進路先が決まっていなかった。
10ヶ所以上の実習先で契約希望を断られていた。
主たる原因は、「粗暴行為」「他害行為」。
人を叩いたり突き飛ばしたりするのだ。
「強度行動障害」とレッテルが張られたりする。
我が社での実習でもそれは出た。
よりによって、女性職員をぶっ飛ばして殴った。
しかし、我が社は彼と契約した。
そして、、、
昨年度1年間、いろいろあった。
しかし、そして、今、彼は田植えの重要な担い手になっている。
言葉を交わしたりするわけではないが、参加の母子に作業を見せる「交流」もしていた。

我が社の田植えは、田んぼに碁盤の目のようにスジを引いて、苗を植えていく、
苗はセルトレイにまいたポット苗と呼ばれるタイプのものだ。
そのセルトレイを通路に置いて植えながら進んでいく。
個々のペースで田んぼのどこから植えてもいい。
「集団行動をしなくても良い田植え」と、呼んでいる。
石田が前職の時代に工夫して編み出した方法だ。
気が付いたらこんなことを30年もやっている。

翌週に母たちからコメントをもらった。

(参加2年目、5歳の女の子と参加の母)
子どもたちが植えた苗の近くで泥遊びになってしまったけれど、
「大丈夫ですよ」と言ってもらえて、感謝です。
大人も楽しくてテンション上がっちゃって、帰宅してもそれが続いて、
その後、ドッと疲れが、、、
いつも作業しているみなさんはスゴイなと実感しました。
気が早いけれど、来年も参加したいです。

(1年生になって野球に熱中しているSくんの母)
おかげで、今年も子どもと一緒に田植えができました。
素足をトロトロの泥に浸す心地よさ!
子どもは成長するにつれ、だんだん畑や田んぼから遠ざかる時期も来ると思いますが、
五感で味わった原体験は心身の土台になって、いつかまたそれを求め、戻って来るのかな、とも思います。
ここを故郷にしようと思った所に、豊かな自然や田畑、人間関係があって、本当に幸せです。

(初参加、「ズッキーニ」のR君の母)
田植え体験は私の念願でした!
子どもが産まれる前から、ずっと体験したいと思っていましたが、大人だけだとなかなか踏み出せず。
なので、今回経験出来た事が感動的に嬉しかったです!
足の爪に入った泥までも愛おしく感じています!
Rは泥に入ったショックで大泣きでしたが(笑)来年は入ってくれると嬉しいです!

(土曜日にはプライベートで娘と参加のY職員は、2週間ほど前に「野草を味わう」イベントを畑でおこない母子たちと交流)
娘は、前回、泥んこになるのを拒み、子どもたちを観察しただけで終わってましたが、何か楽しそうと感じたようで、今回は泥んこになっている姿を見て、人の輪の中で見て感じるという経験によって、成長していく過程が見られて面白かったです。

(小2の男の子は保育グループのOB,弟たちは双子、という母、父も参加)
2歳の双子たち、
お腹の中で兄と父の田植えを感じた一年、
泥に足を入れて大泣きで足にしがみつき、母の背中でおんぶと共に田植えを経験した一年、
そして、今年は田んぼの脇、自分達の足で立ち、家族の田植えを見ながらにこにこ笑った一年。
後日、田んぼを見たとき、二人で「父ちゃんとT(兄)がやったよね!」と嬉しそうでした。
泥に足を入れることに人一倍勇気が必要な兄も、最終日には父と肩を並べてしっかりと田植えを経験し、
弟たちからの尊敬の眼差しと声に、達成感。
いろんなカタチで、いろんな視点で家族みんなで体験できたんだなぁ〜という喜び。
(父のコメント)
延々とやっていられる。土いじりは楽しい。またやれることあればいつでも行きます!

いしだのおじさん、は、
つくづく、田んぼはいいなぁ、
育つのは稲だけじゃないなぁ、
と、思う。
「タカラモノ」だ。

「貴重な体験をありがとうございます」というコメントが複数あった。
だが、私には、これを「貴重」でなく「当たり前」にしたいという思いがある。
自分が食べる農作物の育つ過程に参加する暮らし。
農があることがアタリマエの「農マライゼーション」。
それは、もう、始まっている。
そして、確かに進んでいる。

(週末は田んぼから30㎞以上も離れた三鷹で、犬と酒を溺愛、石田周一)

いしだのおじさんの田園都市生活