第151回 ハニー

2021.3.31
いしだのおじさんの田園都市生活

桜の咲く土曜日、愛犬と散歩をしていて不思議な感覚にとらわれた。
今、三鷹にいて、愛犬と歩きながら、街や畑を見ている俺は?
いったい何者なんだろう?

あと半年ほどで還暦。
くたびれている。
少しボケてきているかもしれない。
体力は確実に衰えている、実感がある。

週末は三鷹で愛犬との散歩を楽しむ。
武蔵野中央公園までは3㎞ほどで、往復1時間半のコース。
住宅街に、畑あり、緑道あり、公園あり。
住宅も見ていて楽しい個性的なものが多い。
井の頭公園往復も同じくらい。
このコースは、駅前通りの人が多いエリアを通るが、玉川上水沿いが楽しい。
その他のコースもあるし、雨の日などは5分10分で済ませることもある。

10年前には、この生活は想像すらできなかった。
10年前に世の中が大きく動いたことで、私の生活も大きく変わった。

三鷹には「帰る」のか「行く」のか、
よくわからない、というか、
何とも言えない。

月曜日に横浜に戻る。(やはりこの場合「戻る」だ)
週5日の勤務を終えた金曜日の夜に三鷹まで1時間半ほどの運転。
横浜には、職場があり、耕す畑があり、シェアハウスがある。
耕す畑は、職場の畑と自分が借りている畑。
三鷹には愛犬を含めた家族がいる。
から、やはり、「帰る」ところなのだろうか。
たどり着いてのイチバンは、愛犬の喜んでくれる姿だ。

三鷹では、駅からの徒歩圏、散歩コースエリアにも畑がいくつもある。
大小さまざまだが、けっこうまとまって5反以上のところも多い。
いろんな野菜が栽培されおり、それぞれに個性がある。
キウイフルーツ、ブルーベリー、ブドウなどの果樹園や鶏の平飼いも。
だが、田んぼは車で10分ほどの野川沿いに体験水田が1か所あるだけ。
いくつかの野菜畑は毎週必ず見学して、作付けや野菜の生長具合を確かめる。
玉ネギの直播き畑の定点観察は欠かさない。
眺めていて楽しいのだが、あくまで眺める対象。
直売で野菜を求めることもあるが、お客さんだ。
たまに園主と会話する畑もある。

以前は犬との散歩なんて時間の、いや人生の無駄だとすら思っていた。
犬を飼う人の気が知れない、と。
しかし、今、溺愛。
週末の散歩はかけがえのない時間だ。
月曜の朝の別れがけっこうツライ。
彼女は家の窓越しに車中の俺を真剣な表情で見送ってくれる。

以前は横浜に連れてきていたこともあった。
シェアハウスに複数の入居者さんが入る前のこと。
横浜の家の周辺の散歩も楽しかった。
ふれあいの樹林や池のあるもえぎ野公園、そして川沿いに農地が続くエリア。
故郷を連れて来た愛犬と歩く感覚も不思議なものだった。
彼女は憶えているだろうか。

愛犬の名は「ハニー」。
迎えに行く前に我が家の姫が名付けていた。
三鷹の家に来たのは、4年前の夏。
彼女が生後3ヶ月のころ。
私は迎えに行くその日まで、そのことを知らされていなかった。
連れていかれた埼玉のブリーダーのところでは、憮然としていたそうだ。
怒っていたつもりはない。
理解の範囲を超えていたのだ。
連れて帰っても、恥ずかしくて「ハニー」と呼べなかった。
しばらくは、「サニー」と呼んでいた。
陸上のサニブラウン選手がブレイクしたころだった。
今では、平気で「ハニちゃん、ハニちゃん」と呼んでいる。
なんということでしょう。

繰り返しになるが、10年前に生活が大きく変わったのだ。
50歳を目前にして、自分でも予想していなかった転職と転居。
同居するようになった家族は、また予想が困難な人たち、、、
ストレスが無いと言えば嘘になる。
だが、それも含めて楽しい。

横浜での暮らしも、大きく変わった。
一人で気楽に暮らしていたのだが、今はシェアハウス暮らし。
家族ではないが共に暮らし、シェアするものしないものこれまた予想外。
自分の家なのに自分の家ではないような不思議な感覚がある。
このことは、今回はこれ以上触れない。
ただ、今、この原稿を書いているのが一人になれる朝5時のリビングとだけ記しておく。
先週までは、この時間には薪ストーブが赤々と燃えていた。
流れているのは、デイヴィッドボウイ「ジギースターダスト」
明るくなってきた。
ハニーは今ごろどうしているだろうか。

(5月には三鷹雑学大学の講師、石田周一)

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