第142回 田園ふれあいランド、亀

2020.7.1
いしだのおじさんの田園都市生活

「お母さーん、イシダさんが、カメを見つけたよー!」
と、3歳のSちゃんの声が響いた。
「ええーえっ!」
「えーええっ!」
田んぼの周りにいたお母さんたち、そして、子どもたち。
「見せてー」と走り寄ってくる。

亀は、子亀で、体長10㎝もなく、手のひらに乗る。
イシガメ?クサガメ?ゼニガメ?
わからないが、ミシシッピアカミミガメではない。
昔からここに棲んでいるのだろうか?
(いや、この子はまだ生まれて数年だろうが、、、)

「可愛いねぇ」
「うん、カワイイ、カワイイ」
と、10人以上で取り囲んでしばらく眺めたけど、
「まぁ、逃がしてあげよう」と、言うと、
誰も異論がなく、
「触ってみたい」という子もいたけど、
持ってみても、手足も頭も引っ込めているから、甲斐無くて、
「逃がそう」ということになった。

田んぼの泥の上に置かれた亀は、
頭と手足を出すと、ヒョコヒョコ歩いて、泥の中に潜っていった。
最後まで見守っていた5歳のSくんと、
「行っちゃったね」「うん」
お母さんたち、「田んぼに亀がいるんだねぇ」

そして、お母さんたち、子どもたち、そして俺も、
それぞれの作業に戻っていった。
お母さんたちは、糠に水を足してをこねて団子を作る。
子どもたちは、それを持って田んぼの周囲から投げ込む。
俺は、田車を回しながら田んぼを歩く。

亀は、田車のすぐ横にいた。
俺も田んぼの中で亀を見たのは初めてだ。
以前、畔にいるのを見たことはある。
そのときは、大きな親亀だった。

子どものころ、住んでいた団地の裏山を下ったところにある池に亀がいた。
煮干しで釣って遊んだこともあった。
あのころの亀は噛み付くと離さないどう猛さがあった。
(今では犬と散歩するもえぎ野公園。
 元々はその下流にあった田んぼのための溜め池。
 池は50年前は「沼」とも呼ばれていたし、
 冬には厚い氷が張ってスケートができた、
 と言うと信じられないかもしれないが、
 周りを雑木林と崖に囲まれていて今より日当たりが悪かったのだ。)

さて、お母さんたち、と、子どもたちだ。
いつも畑に遊びに来てくれる森の共同保育の仲間たち。
最近では、私たちが不在でも、自分たちで野菜を収穫し持ち帰る。
そして、私たちがいるときに報告して清算してくれる。
ありがたい、お客さんでもある。

この日も、「この間、ズッキーニと玉ネギとジャガイモ、と、インゲンと、、、」
と、支払いに立ち寄ってくれたので、
「今、オモシロイことしているよ」と作業を見せた。
我が社のメンバーが、糠の団子を作っていたのだ。
そして、それを田んぼに投げ込む。

「えーっ、オモシロイ!」
「俺も、やるっ!」と5歳のSくん。
「でも、何でですか?」と質問するお母さん。
「うん、肥料と除草効果を期待しているんだけど、、、」と、俺。
「本当は、パラパラとまきたいんだけど、手間が無くて、、、」
「でも、オモシロそうですね」
「いっしょにやりますか?」
「Iさん親子も呼んでいいですか」
「もちろん、もちろん」

というわけで、
その後、子どもたち10人ほどお母さんたち3人ほどが集まった。
学校帰りのお兄さんやお姉さんも加わり、中には野球少年もいた。
団子作りと投げ込みの役割分担ができて、予想外の盛り上がり。
にぎやかな田んぼとなったのだ。
そんな中、俺は俺で田車を回していて、亀に出会ったのだ。
亀もにぎやかさに何か感じたのだろうか?

先月、、、
助け、助けられ、共に楽しみ、田植えを終えた、と報告した。
そして、最後には、
「そして、出稼ぎの6月が始まる。」
と、ある。

あれから1ヶ月。
うん、出稼ぎで疲れている。
「年寄りをいたわって欲しい」と思いながら、
実際にときどき口にも出しながら、
機械を回す日々。

出稼ぎでは、よそ様の地所に出かけて行って、
職員が草刈り機を回し、利用者さんたちが草を集めて掃除し、持ち帰る。
場所によっては、草が軽トラに3台分になったりもする。
草は畑でマルチに使うなど有効活用を目指している。
施設から現場までが40分以上かかることもある。
1ヶ月で、田んぼの年間収入の10倍近くを稼ぎ出す。

出先の地所がスッキリキレイになれば、それはそれで楽しくもある。
しかし、よそ様の地所の草を刈っている間に、自分たちの畑の草は、、、
伸びている。
繁っている。
恐怖だ。
雨の音は草がワサワサと伸びていくBGMに聴こえる。

田んぼも、
あまり上手く育たなかった苗を植え付けて1ヶ月。
田植えまでの田作りも代掻きなどあまり上手くいかなかった。
そして、植え付け後の管理もあまり上手くいっていない。
そう、上手くいっていないことだらけだった。

出稼ぎが忙しいと、
上手くいっていないところに、時間もかけられなくなる。
ますます、上手くいかない状態。

そんななか、なんとか時間を作る。
出稼ぎ作業は最低限最短の時間と手間で、終えることを目指す。
いや、手抜きはしませんが、、、
でも、手間賃が決まっているから、、、
どうしても、そういう気分での「労働」となる。

そして、やっとやっと田んぼの時間を作り、田車を回す。
回したい。
だが、人手不足もある。
田車が大好きで馬力もあって頼りにしていた利用者さんがいない。
コロナ対策のグループ分けのために畑に来られない状況がある。
仕方なく、職員が田車を回す。

そんなときの楽しいハプニングだった。
田んぼに亀がいたって米が余計にとれるわけでもない。
でも、亀のいる田んぼだなんて、ウレシイじゃないか。
糠団子の効力も謎だ。
苦し紛れの作戦。
だけど、あの子どもたちの盛り上がり様!
母たちも団子を作って「なんだか癒されました」と。
田んぼは、やっぱり楽しい。

石田周一