第1話 トキ博士のひそやかな野望
2024.3.30ヤタガラスはトキだった仮説
佐渡ヶ島の空からいちどは姿を消したトキ。16年前から始まった放鳥につづき、野生下でのヒナの誕生も順調で、いまや500羽をこえるトキが舞っている。わが家の庭のクヌギにまで普通にやってくる。※上の写真
その一方で、この島のヒトという生物は生息数をどんどん減らしている。トキをシンボルとする生物多様性回復の道行きに、ぜひヒトもご一緒させてほしいものだ。
ミッション1、完了
さて、思うところあって僕はこのたび「トキ博士」になった。認定試験は全50問で、うち間違えたのはたぶん1問。「トキを捕まえた記録がある徳川将軍は次のうち誰」。そんなの知らねーよ。
いやいや、あの吉宗がやらかしたのは僕も知っていた。しかし他の、名前も聞いたことないマイナー殿をノーマークだったのが悔やまれる。おかげで最高位である「満点トキ博士」はのがした。まー、もくろみ通りトキ博士バッチは手に入れたのでよしとしよう。
では僕はなぜトキ博士になったのか。それは、我が国の古代史を震撼させかねないある事実を発見したからである。正しくは「思いついた」と言うべきか。その思いつきを世に広めるために、トキ博士の称号やそれに至る勉強は、きっと役に立つに違いない。そう考えたのである。
いつだったかこんな話を聞いたことがある。すぐれた詐欺師が人をだますコツについての話。それは、詐欺師が相手をたぶらそうと術を尽くしている最中、自分がついているウソを、何故か、ふと当の本人が信じてしまう瞬間が訪れる。まさにその刹那、相手はころりと騙されるのだという。そうなるともはや、ウソと真実の境目も曖昧になってくる。これこそ近松門左衛門の説く「虚実皮膜」の境地に近いのではないか。
胸に輝くはトキ博士バッチ。そして名刺には大きく「トキ博士」の肩書を入れよう。小道具としてはまずまずの出来だな。肩書の前の「佐渡市認定」はなるべく小さい文字がよいかな。
全国にはばたけ!トキ伝説
現在、野生のトキがいるのは佐渡のみである。しかし計画では近い将来、石川県能登の9市町村、それから島根県出雲市で放鳥が予定されている。そういえば、かつて能登で最後のトキは佐渡に移されたのち亡くなっている。今度は、佐渡からのトキやその子孫が能登ではばたく番だ。でもそのためには、トキの好む里山や田んぼの維持が必要になってくる。ひとつそこをなんとか。震災で難儀を強いられているかの地の人びとが、あの美しい姿で癒される日の来ることを祈らずにはいられない。
そう、薄紅のトキ色に彩られたトキは美しい。ことに風切り羽根をひろげて飛翔する姿は、他の鳥とは別格のおもむきがある。ただし繁殖期のトキは、実は全身トキ色というわけではない。なんと上半身が灰黒色に覆われるのだ。世界で一万種以上の鳥類の中で、この不可思議な生態はトキのみである。
黒いトキ。これこそが「ヤタガラスはトキではないか」という着想の糸口なのであった。ところで、そもそもヤタガラスとは一体何者か。次回は謎の鳥・ヤタガラスを紹介したい。
佐渡市認定 トキ博士 十文字 修