神奈川・緑の劇場 vol.54

2026.1.30
神奈川・緑の劇場

神奈川・緑の劇場

=意気投合できる出会いに元気をいただいた!=

2024年12月26日木曜日に初めて訪ね、一年以上通う中華街の〝茶音〟薬膳茶(中国茶)のティールーム

なぜ茶音に通うようになったのか?それを語ればまた切りがない。だが、私から茶音の話を聞いてお客になった〝NORA仲間〟や〝お茶仲間〟〝野菜市仲間〟たちも茶音のファンになる。

お茶を酌み交わすことは、日本茶であれ中国茶であれ人と人をつないでくれる。そして、それでも偶然に居合わせた出会いに恵まれた時の話の密度は濃く感動は深く喜びは生涯の宝物になるに違いない。

私が茶音を訪ねるのは毎週木曜日の夕方。この時間ならば他のお客様は少ないと教えてくれたのは毎週木曜日が担当のスタッフ直美さんだった。今では私の貴重な話し相手になってくれる。もちろん他にお客様がいない時に。

『今日は直美さんと交替して私なの』と申し訳なさそうに言われても困るがオーナーの麗花さんが先客の女性に私を紹介した。

『三好さんは農業の話、食べものの話、とても詳しいよ』と。まったく詳しくないけれど、その話ならば夢中にはなるかな?

先客の女性は元気と笑顔があふれて話すことの一つ一つが私と意見がまるでぴったり一致する。もし肩書きをつければ三つや四つではなさそうだ。経験も知識も幅広くて豊富な四十代。自然農法を福岡で実践し看護師をしながら患者と関わる苦渋の経験からも健康や食生活に関心を深め薬草を学び、それが薬膳、薬膳茶に結びついて麗花さんと出会うことになる。

茶音で過ごすのは私には癒やしだが、ときには健康、食生活、農業をキーワードに考え方や活動に共鳴できるお客様仲間との出会いがある。

麗花さんが主宰するセミナーなどに参加すれば、いっそう豊かな出会いが期待できるだろうが、今の私の体調では毎週木曜日の中華街、民商副理事長の鍼灸の施術を受けるのと薬膳茶をゆっくり味わうだけで精一杯だ。

彼女の妹の子ども、甥っ子の畑体験に感動した。自然農法の畑には土の中にはミミズがいる。甥っ子はミミズとの初めての出会いに驚き怯えたが、『ミミズさんのおうちをじゃましたのは私たち、ビックリしたのはミミズさんのほうかもね。』すると、カブの葉っぱについた青虫に『青虫さんが驚いている!』と、教えたわけではないのに甥っ子は自分で想像して考えた。ミミズさんも青虫さんも甥っ子はその日から触れるようになった。

病気を遠ざける暮らし方は田舎にこそある。土に触れる暮らし。子どもたちを育てるのに望ましい自然のある環境は多くの大人にとっても生きやすいに違いない。

農業の未来、自然農法の展開と仲間たち、若い世代の価値観と世代を超えて心を通わせる思い、貴重な戦争体験(すでに亡くなった人たちの話)、語り残したい今の高齢者たちの戦後体験、青春体験など話は際限なく続く。

田舎暮らしにかかせない氏神様とのつながり。コミュニティの絆を結ぶ〝祭り〟米づくり、野菜づくりの原点は自給自足と物々交換、土地の神様への祈り。神社に捧げる古代米〝いせひかり〟の貴重な種籾から増やした京都丹後の生産者の話に及んで、このまま福岡まで追いかけたい気持ちになった。

自然農法の伊勢茶と米づくりのわれらがシンガーソングライターChojiに〝いせひかり〟の話を聞いてみたい。

(2026年1月29日記三好豊)

・京都で振り売り(伝統的な農産物の移動販売)をする角谷香織さん→★★
・日本の農産物流通に3つの提案 神奈川野菜を届けて36年 三好 豊→■■三好 豊(みよしゆたか)

“50年未来づくりプロジェクト”を提唱します。
“もりびと”が木を植えて育てるように、子どもたちが社会の真ん中で活躍する時代のために、今日できることを一つずつ。老いも若きも一緒になって50年のちの日本の景色を想い描きたい。
1954年に生まれ父親の転勤により各地で育ちました。 1975年10月、杉並区阿佐ヶ谷南の劇団展望に入団。1982年退団して横浜に戻り演劇活動に参加してきました。1987年5月、(有)神奈川農畜産物供給センターに入職し、県内各地、各部門の生産者に指導を受けることができました。2004年に退職し「神奈川・緑の劇場」と称して県内生産者限定の野菜の移動販売を始めました(現在終了)。NPO法人よこはま里山研究所・NORAの支援はたいへんに大きく、これからも都市の暮らしに里山を活かす活動の一環として生産者との関わりを大切にしたいと考えています。また(株)ファボリとその仲間たちとの繋がりには、心躍るものが生まれています。