水の流れは絶えずして

第四十一話 街中の生物多様性を考える

2017.10.1
水の流れは絶えずして

この9月、noraも参加するトンボはドコまで飛ぶかフォーラム(以下トンボフォーラム)が「第5回生物多様性日本アワード・優秀賞」を授賞することができました。

https://www.aeon.info/ef/midoripress/jp/award/index.html

「生物多様性日本アワード」は、公益財団法人イオン環境財団によって、2010年に生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が日本(名古屋)で開催されるのを契機に2009年に創設されたもので、日本在住の団体・個人による、生物多様性の保全と持続可能な利用に資する優れた取組にグランプリおよび優秀賞が顕彰されるものです。
今回は、全国から78件の応募があったとのことで、優秀賞5団体の中に選ばれました。活動に関わるみなさまに感謝いたします。

http://www.aeon.info/news/2017_1/pdf/170816R_1.pdf

さて、授賞のご報告はこのぐらいにして、横浜の水環境を生物多様性の観点からトンボフォーラムが授賞した理由も含めて考えてみたいと思います。

生物多様性とは何か、環境省のHPでは、『生きものたちの豊かな個性とつながりのこと』と簡潔に述べています。そして生物多様性条約では、「生態系の多様性」「種の多様性」「遺伝子の多様性」という3つのレベルで多様性があるとしています。つまり、多様な種類の生物が暮らしていける場所があること、多様な種類の生きものがいること、そして、同じ種類の生きものでも(遺伝子レベルでの)多様性があることということでしょうか。生物多様性のパンフレットなどを見ると、紹介されているのが、白神山地や釧路湿原だったり、ウミガメだったりと、象徴的な場所や種が多く街中の緑地やトンボなどの身近な自然が紹介されることがあまりないのが残念です。

横浜での生物多様性を考えるとき、その骨格となる横浜市域の地理的条件をみると、既に何度か紹介しましたが、市域内にいわゆる大河川はありませんが、谷戸を源流域とした中小河川が樹枝状に発達し、市域の大部分の水系は源流から河口までが市域内で完結しています。かつて、谷戸の低地は谷戸田と呼ばれる水田が発達し、台地上の平らな土地は畑として、そして斜面は雑木林として利用されているのが横浜の典型的な里山でした。

 

里山は生態系豊かな自然として生物多様性のパンフレットなどでもたびたび紹介されますが、そこでは必ずといっていいほど「人の営みによって守り育てられてきた自然」と説明されています。人の営みが生態系の一部になっていた時代ですね。
私は 昭和30年代後半に開発された新興住宅地で生まれ育ったので、開発の隙間に残された川やため池でザリガニやドジョウを捕まえてきては家に持ち帰って、親に怒られた記憶ぐらいしかありません。しかし、私より10年以上年上のおじさん達の「昔はトンボが体にあたってくるぐらいいたな」とか「川に行けばドジョウやメダカがいくらでもつかめることできた」などの話は、横浜でも昭和30年から40年代までは、トンボやカエル、ドジョウやメダカが当たり前にいた時代があったことを想像させてくれます。

さて、このノスタルジックな昭和30年代から半世紀、横浜の緑被率は30%を切り、自然的な土地利用がされている場所も点在するほどになってしまいました。昭和の終わりから平成にかわる頃には、公害という言葉が環境に徐々に置きかわり、環境再生が徐々に進み、平成も30年を迎えるようになると、生物多様性保全も当たり前のようになってきました。
横浜で環境再生を考えるときいくつか思うことがあります。ホタル等の希少種を守ることは重要です。特に希少種が生息している場所は守らなければならないと思います。一方で、これらの希少種を街中のビオトープで再生したいと相談を受けることも少なくありません。その地域の環境再生に結び付けることができれば成功ですが、多くは希少種保護に専念する特定の保護活動や飼育活動になってしまいがちで、結果として他の生物の生息環境がおざなりにされてしまうことがあります。街中では、かつて人里にもあたり前にいた生物、例えばトンボやチョウ、バッタなどが街中でもあたり前にいるような環境を呼び戻すことが、都市の中での生物多様性の保全・再生につながるのだという視点を大切にしたいと思います。

トンボフォーラムの活動も15年目に入りました。活動場所の原点は、明治時代まで魚介類豊かな江戸前の海の海岸を埋め立てて作られた一大工業地帯です。こどもの頃は煙もくもくの工場が建ち並び、市民から遠く離れた場所でした。しかし、敷地面積の大きい工場だからこそ、企業緑地として数ヘクタール単位の緑地を持っていることも事実です。
トンボフォーラムではこれらの企業と市民、行政、専門家が協力し、トンボを指標とした活動を進めてきました。この結果、企業緑地や公共緑地が内陸部の樹林地の代わりとして、トンボ池なので水辺がため池や水田の代わりとして使われるなど、京浜臨海部の人工的につきられたビオトープ空間が里山環境の代わりをしていることがわかってきました。この間、周辺環境の改善も進み、参加する企業や公共用地(公園、学校、水再生センターなど)でのエコアップ(生物の生息環境に配慮した質の改善)も進んできました。この成果かどうかはわかりませんが、近年、ヤブヤンマや、オオヤマトンボ、マルタンヤンマなど大型のトンボの飛来が相次いで確認されており、今年は全体で16種のトンボ(均翅亜目)が捕獲されました。
生物多様性保全に対する評価を、かつて人里に当たり前にいたトンボなどの『ふるさと生物』が当たり前にいるような都市部の環境再生の取り組みに対して受けたことにうれしく思います。

島村雅英

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