寄り道67 都会から移動・移住する理由
2024.2.1雨の日も里山三昧
今年度、私は横浜国立大学「里地里山×まちづくりラボ(里まちラボ)」の連携研究員として、小田原市・南足柄市をメインエリアに、交流・関係人口の創出と定着に向けて調査・実践するプロジェクトに参加している。たとえば、移住者や二拠点居住者にインタビュー調査をおこなったり、地元団体が主催するワークショップに参加したりして、里山資源を手がかりに課題解決に取り組む可能性と課題を考えている。
2月22日(木)、このプロジェクトの一環としてオンライン開催される里山×関係人口フォーラム「里山資源の活用による関係人口創出のデザイン:地域拠点の取り組みから考える」に登壇する予定がある。そこで、今回のコラムでは、この調査を踏まえて現在考えていることを書いてみたい。
私が参加したワークショップは、①9/8-10「森林と人、持続的な暮らしを考える。in南足柄」https://circle-cw.studio.site/event/minamiashigara、②1/19-20「冬の南足柄の非日常体験のお誘い~リトリート&ワークショップ」であるが、①は3日目のみ、②は2日目昼までの部分参加であった。これとは別に、小田原市に移住・二拠点居住している方を対象としたインタビュー調査を実施した。
小田原市と南足柄市を比較すると、小田原市は全国的に知られる都市であるのに対して、南足柄市の知名度は首都圏においても高くない。もっとも、小田原ほど有名な地域は日本全国探しても珍しいと思われるので、関係人口の創出・定着について分析する際には、南足柄市の方が一般性の高い知見が得られるだろう。
移住・関係人口について考えるとき、対象となる地域に人を押し出すプッシュ要因と、その地域に人を引き寄せるプル要因を分けることができるので、その点を意識して、調査を通じて気づいた点を、思いつくままに挙げていこう。
1.小田原市
ヒアリング調査から見える小田原市のプル要因は、東京・横浜の大都市だけでなく観光地の箱根にも通勤可能であり、中核都市として利便性が高いことが挙げられる。都会や観光地に働きに出るものの、暮らす場所としては山野河海に恵まれ、適度に賑やかで買い物もしやすい小田原がよいということだろう。
このバランスの良さは、夫婦の間で職場や志向などが異なっていても、双方の条件や希望を両立できることにつながる。たとえば、夫婦の職場が東京と箱根で違っていても小田原から通えたり、自然にどっぷりと浸かりたい夫と買い物しやすいところを望む妻の希望を適度にかなえることができたりする。
一方、小田原市内では柑橘類や梅といったブランド力のある農産物が生産されている。移住者のなかには、こうした農産物を栽培したいと希望し、全国的に有名な産地とも比較したうえで、小田原市に飛び込んできた人もいる。ただし、新規就農して農業に取り組みたい移住者からすると、地元自治体等の対応には不満が見え隠れする。たとえば、小田原市のホームページを見て、新規就農者に対して十分に支援していると思っていたものの、移住してみると行政の姿勢は熱心とは感じられず、個人的に親しくなった農家のネットワークによって、働く場所や住む場所を見つけたという声が聞かれた。また、行政などの公的機関では、小田原農業の厳しい現実を踏まえ、新規就農希望者に対して半農半Xが盛んに勧めるようだが、それは専業農業で暮らしていくことを目ざすような本気の移住者からすると、十分な農業支援を避ける逃げ口上に聞こえるという。
新規就農者へのヒアリング調査には、地域の世話役として、さまざまなコーディネートをおこなう農業者の存在の重要性が浮き彫りになった。実際、新規就農希望者の移住・定着に大きな役割を果たし、さらにさまざまなかたちで外部からの援農・地域づくりを引き受けている。こうした地域のコーディネーターとなる世話役は、移住・関係人口の増加を図る上で重要であるものの、新規就農や移住の支援制度に正当に位置づけられていない。地域外からは見えにくい存在で、実際に来てみないと出会うことができないため、潜在的な移住者や関係人口を他地域に逃がしている可能性もあるだろう。
2)南足柄市
南足柄市は、隣接する小田原市や箱根町と比較すると印象に乏しいという人が多く、まちのイメージと言えば、大雄山や富士フィルムが挙がるくらいが一般的だろう。実際、南足柄市に最近引っ越してきた移住者のなかには、数年前まで市の存在すらも知らなかったという声も聞かれた。
しかし、コロナ禍以降に南足柄市へ移住したり、二拠点居住を始めたりした人がいるのだから、知名度の低さやイメージの乏しさをマイナス要因とばかりとらえるのは適切ではない。
それでも、まずは南足柄市に足を運ぶ機会がなければ何も始まらない。そのきっかけづくりには、むしろプッシュ要因をとらえることが重要である。
南足柄市内で開催された2回のワークショップには、(株)クラウドワークスが展開する多拠点生活のサブスクサービス「circle」、(株)eumoによるeumo Academyに繋がるメンバーが多く参加していた。前者は、「新たな地域や人、価値観との出会いを通して人生を模索し、1人1人にとってのサードプレイスを育んでいただくきっかけを提供したいという想いからサービスを開始」したものであり、後者は「「共感資本社会」の実現を支える人財が育つ場とネットワークの提供」により、「その価値を体験した人々がさまざまなコミュニティで行動を起こし、その活動を共有するネットワークを構築していく」ことをめざすものである。両者ともに、自宅や職場以外に居場所を持つことが難しく、現代的不幸(アイデンティティの不安、未来への閉塞感、生の実感の欠落、リアリティの稀薄さ)に陥りやすい人びとのニーズに応えるサービスを提供している。
これらのコミュニティに参加している人は、会社の経営状態が悪化したり、長く勤めた会社を転職してストレスフルの状態になっていたりと、気持ちよく働けていないというタイミングでコロナ禍となり、必然的に自分の働き方や暮らし方を立ち止まって考える機会を得たという理由が聞かれた。そのときに、自分に家族や職場以外の仲間や居場所が乏しいことから、仕事一辺倒ではない価値観や新たなコミュニティとの出会いを求めて参加するようになったのである。
こうしたコミュニティの繋がりから南足柄市を訪問するとき、参加者の心はオープンに開かれている。このため、参加者たちは南足柄を他地域と比較しようとはせずに、自分の身体をこの地域の自然や文化と直接的に対話しようと努めているように見えた。
さらに、南足柄市内の滞在を有意義なものとするため、ヨガや座禅などによってマインドフルネスを目ざし、全身の感性を高めることは効果的であった。
実際に、このような経験をきっかけにして、地域外の「コミュニティ」(フラットなイントネーション)を頼りに、南足柄市への移住・二拠点居住、関係人口化する人がいる。もっとも、こうした経験をもとにして、自らの居住環境や労働環境を見つめ直す機会ともなり、同じ場所を歩いても、これまでとは風景が違って見えるようになることもある。実際に、移住・二拠点居住を決めた人の話を聞いたり、時間と空間を共有したりすることを通して、自分にとってはどこで暮らすのが適当なのかがよくわかる。そのようなプロセスを踏むことで、移住・二拠点居住を選ぶかどうかにかかわらず、自分の中に複数の価値軸を持てるようになり、自分と地域との関係性を結びなおすことができるのである。
たしかに、南足柄市には、誰もが注目するような特徴は見られない。しかし、「よそ者」にとっては、それがまた魅力的に映る。なぜなら、南足柄市に限らず、地域には資源(リソース)が眠っているものだから、眠れる資源に光を当てて価値を引き出したり、これまでは別個にあったものを繋げて価値を生み出したりすることができると感じられる。つまり、ゼロから価値を創造するのではなく、今あるものを生かしてリデザインしていくところに惹きつけられるのである。こうした点に魅力を感じるのは、地域外から移住・二拠点居住のためにやってくる「よそ者」だからこその感性であろう。
ただし、ここでやや懸念されるのは、そうした「よそ者」と地域住民との関係である。私が出会った「よそ者」は、まだ南足柄に来て数年しか経過していなかったので、両者の関係について評価・判断することは難しい。もう少し時間的な経過とともに、関係性の推移を見守る必要があるだろう。
(松村正治)