第107回 ポール・ホーケン『ドローダウン』

2021.12.1
雨の日も里山三昧

ポール・ホーケン『ドローダウン―地球温暖化を逆転させる100の方法』(2021年、山と渓谷社)

2015年のパリ協定以降、気候危機は直ちに対応すべきグローバルな課題となった。
もちろん、1992年にリオデジャネイロで開催された地球サミット、1997年に京都で開催されたCOP3など、これまでも地球温暖化に関する重要な会議は開かれてきたし、世界中で気候変動対策は取り組まれてきた。
しかし、その規模は限定的であり、スピードも遅かった。

現在はパリ協定以前のプロセスが霞んで見えてしまうほどに、脱炭素に向けた動きが急速に拡大している。
太陽光・風力をはじめとする再生可能エネルギーのシェアが急増し、かつては高かった価格も、大量生産や技術革新、カーボンプライシング等の影響により、相対的に安くなってきた。
このため、気候危機への対策としてはエネルギーシフトに関心が集まりやすいが、対策はそれだけではない。

本書は、社会起業家のポール・ホーケンが、世界中の科学者を集めてプロジェクトチームをつくり、気候変動対策を評価して順位付けしたという本である。
読み通して面白いという本ではないけれど、今日、気候危機対策を考える際にしばしば参照されるので必読書といってよいだろう。
解決策のリストと評価ラインキングだけでも、一通り目を通しておきたい。
なお、タイトルのドローダウンは、このプロジェクトの名称で、ここでは削減と訳せるだろうが、現在増加し続けている温室効果ガスの排出量が減少に転じる時を表している。
https://www.drawdown.org/

さて、本書刊行段階の総合ランキングベスト10は次のとおりであった。

  • 1位:冷媒(Refrigerant Management)
  • 2位:陸上風力発電(Wind Turbines (Onshore))
  • 3位:食料廃棄の削減(Reduction Food Waste)
  • 4位:植物性を中心とした食生活(Plant-Rich Diet)
  • 5位:熱帯林(Tropical Forests)
  • 6位:女性の教育機会(Educating Girls)
  • 7位:家族計画(Family Planning)
  • 8位:ソーラーファーム(Solar Farms)
  • 9位:林間放牧(Silvopasture)
  • 10位:屋上ソーラー(Rooftop Solar)

この結果から、エネルギーシフトはたしかに必須に違いないが、食や女性、土地利用などの対策も、勝るとも劣らぬほど重要であることがわかる。
つまり、環境対策だけではなく社会的な対策もあわせて、SDGsのような総合的なアプローチが必要なのである。

本書の中で、私がもっとも強い関心を持って読んだのはバイオマスであった。
パリ協定以降、脱炭素に向けた潮流の中で、「カーボンニュートラル」という言葉を耳にすることが多くなったが、この言葉は私にとって懐かしい響きがある。
1990年代の終わり、森林バイオマスエネルギーの普及のために、神奈川森林エネルギー工房という団体を立ち上げたのだが、当時、私たちは化石燃料から木質バイオマス燃料への転換を促すために、この「カーボンニュートラル」という言葉を用いて、次のようにQ&A形式でバイオマスの優位性を説明していた。

Q.木を燃やすとCO2が出るのに、どうして温暖化防止になるのですか?
A.たしかに木を燃やすと、化石燃料と同じように二酸化炭素は放出されます。
しかし、森林が再生する過程で樹木が成長することにより再び炭素は吸収されます。
つまり、炭素はプラスマイナスゼロでニュートラル(中立的)というわけです。

ところが、バイオマスの実態を調べてみると、ライフサイクル全体のCO2排出量が中立的(カーボンニュートラル)とも言えないことが分かってきた。
→参考「ホント?ウソ? バイオマスはカーボンニュートラル?」(FoE JAPAN)
本書においては、このような実態を踏まえ、バイオマスエネルギーは、「望ましい状態へ「橋渡し」する」ものとして、つまり、「化石燃料からの転換を助け、柔軟なグリッド制御の解決策が実用化されるまでの時間稼ぎ」をするという役割が期待されている。
また、バイオマスをめぐっては、燃料利用と森林破壊のジレンマが指摘されており、たとえば、原生林を伐採してペレット燃料を製造するような愚策を避けるには、慎重に規制・管理するという条件が必要とされる。
気候変動対策の中ではCO2削減量の総合順位が34位であり、31位の断熱、33位の家庭用LED照明と同程度となっている。

バイオマスの次に関心を持って読んだのは、原子力であった。
原子力はCO2削減量の総合順位は20位となっている。
日本では、かつて原子力はコストが安いとされていた。
しかし、今日、原子力以外のエネルギーコストが下がってきたのに対し、原発のコストは40年前の4~8倍に膨れ上がっており、ほかのエネルギーよりも高額になっている。
このため、本書では、次のようなトーンでまとめられている。
すなわち、今後、原子力が小型軽量化され、安全で安価になる可能性もあるだろうが、すでに再生可能エネルギーのコストが急激に下がっている現状を踏まえると、遅すぎるかもしれないという評価である。

日本では、政府が原子力のコストが安くないことを認めるようになってきたので、今後、日本でも原子力の経済性をきちんと評価しながら、エネルギーバランスのあり方について議論されていくとよい。
一方、経済的な合理性よりも政治的な合理性から原子力の必要性を訴える声が、つまり、核兵器を保有するための潜在的な力を維持すべきという声が、ついに表に出てくる可能性もあるかもしれない。
そのときに慌てないでいられるように、安全保障の議論を準備しておく必要があろう。

里山と関連の深い解決策に注目すると、とりあえず50位までに、

  • 9位:林間放牧(Silvopasture)
  • 11位:環境再生型農業(Regenerative Agriculture)
  • 15位:植林(Tree Plantations)
  • 16位:環境保全型農業(Conservation Agriculture)
  • 17位:間作林(Tree Intercropping)
  • 23位:農地再生(Abandoned Farmland Restoration)
  • 24位:稲作法の改良(Improved Rice Production)
  • 28位:多層的アグロフォレストリー(Multistrata Agroforestry)
  • 34位:バイオマス(Biomass Power)
  • 35位:竹(Bamboo Production)
  • 38位:森林保護(Forest Protection)
    ・・・

があり、50位以下にも、次のような解決策などランクインしている。

  • 60位:堆肥化(Composting)
  • 65位:窒素肥料の管理(Nutrient Management)
  • 72位:バイオ炭(Biochar Production)

基本的に、地球の物質循環の仕組みを生かす方策は温室効果ガス削減の費用対効果が高くなると言えそうだ。
そして、このような評価から、グローバルな気候変動対策を考えるのに、ローカルな里山は適した場所であると言うことができそうだ。

私は、このプロジェクトドローダウンに敬意を表しつつ、里山と私たちの関係のあり方については、このような数量的な評価軸とは異なる視点から、つまりそれは個人や社会の視点から、表現したいと考えている。

(松村正治)

雨の日も里山三昧