第70回 『都市農業必携ガイド』(小野淳ほか)+『農地を守るとはどういうことか』(楜澤能生)

2016.6.1
雨の日も里山三昧

都市農業をめぐる風向きが変わった、と言われる。
昨年4月に都市農業振興基本法が成立し、さらに、この法律に基づいて策定された「都市農業振興基本計画」が、先月5月13日に閣議決定された。この基本計画では、従来「宅地化すべきもの」とされてきた都市農地を、都市政策および農業政策から再評価し、都市に「あるべきもの」と明確に捉え直している。都市農業への見方が、180度反転したかのようである。

こうした現状にどう向き合えば良いのだろうか。これまで都市近郊の里山保全に長く関わってきたNORAとしては、この政策上の転換は無視できない。そこで、今回のコラムでは、関連する2冊を取り上げることにした。


 

小野淳・松澤龍人・本木賢太郎, 2016, 『都市農業必携ガイド―市民農園・新規就農・企業参入で農のある都市(まち)づくり』農文協.

本書は、この都市農業政策の転換期に、時宜を得て上梓された。都市農業について考える際に踏まえておきたいこと、知っておきたい最近の動きなどが、三者三様の視点から分かりやすく記されている。この分野に興味関心があれば、まさに「必携」と呼べるガイドブックとなっている。
第三章(都市農業の現場から)を著した小野淳さんは、(株)農天気の代表で東京都国立市にコミュニティ農園「くにたち はたけんぼ」を運営している。先月、私は横浜市職員の自主的な勉強会に混ぜてもらって、小野さんにこの農園を案内していただいた。
小野さんは大学を卒業後、テレビ番組制作会社で働き、「素敵な宇宙船地球号」などの制作にかかわっていた経歴がある。その頃に学んだことや人脈などから、農業に関連するサービスの可能性を多様に展開している。たとえば、「畑で婚活」「畑で忍者体験」など、これまで農業に関心を持つことのなかった人にも届くようなアプローチが面白い。
小野さんが取り上げるは、先進的な都市農家、都市農業における「地産地消」の流通、都市住民に「農のある暮らし」を提供する農園サービス、行政が進める都市農業を支援する仕組みなどで、主として、東京都内の事例が紹介されている。もちろん、チェーン展開して有名な「マイファーム」「シェア畑」なども触れられており、都市農業をめぐる最近の動きを把握するうえで便利である。
第二章(東京で被農家出身者の新規就農をつくる)を著した松澤龍人さんは、東京都農業会議に勤務している。都道府県農業会議とは、区市町村の農業委員会の会長、農業団体の代表者、学識経験者によって構成される行政委員会的な法人である。ここに勤務する方が執筆しているので、この本は信頼の置けると、知り合いの行政職員が評価していた。松澤さんは、東京で新規就農する場合の条件を整理したうえで、新規就農者が登場し、その数が増えて「東京NEO-FARMERS!」が誕生した経緯や、都内に農業法人が参入したことなどを簡潔にまとめている。これは、東京で新規就農を考える際に非常に参考になるだろうし、都市農業の新しい動きを把握するうえでも役に立つ。
第一章(都市農業における農地)、第四章(都市農業に関する主な法制度)、第五章(都市農業に関する主な税制度)を著した本木賢太郎さんは、弁護士・税理士・公認会計士で、農業分野に注力した総合事務所「咲楽AGRI法律会計事務所」の代表である。
都市農地で農業参入を考える際には、農地関連法をはじめ税制・財務などを考慮する必要がある。このため、本章では3章分を割いて、関連する制度が説明されている。この部分は、都市農業を始めたい人にとっては知らなければいけないし、具体的に議論する際にも知っておくべき内容であろう。ただ、法制度・税制度に慣れない人には、やや読みにくいかもしれない。
「咲楽AGRI法律会計事務所」では、法務・税務・資金調達などについてワンストップで相談対応している。都市農地・都市農業に関して相談が必要なときに、こういう窓口を知っておくと助かるに違いない。

今月6月17日(金)のNORAサロンでは、横浜市北部農政事務所の田並静さんをお招きして、都市農業の最近の動向について話題を提供していただく予定である。この機会に、NORAとしてどのようなアクションを起こせるかを考えてみたい。


 

楜澤能生, 2016, 『農地を守るとはどういうことか―家族農業と農地制度 その過去・現在・未来』農文協.

都市農業政策が大きく転換したことは、「里山とかかわる暮らしを」勧めているNORAからすると望ましい。しかし、この背景には、農地から得られるモノ・サービスを、市場メカニズムの働きによって効率よく引き出そうとする考え方も関係しているだろう。象徴的には、一方でTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の承認が進められようとしているのだから、表面的な現象だけに目を奪われてはいけない。
本書は、「なぜ農地の売買は市場任せにしてはいけないのか」とシンプルな問いを投げかける。近年、「自由経済社会において、農地を特別扱いするのはおかしいのではないか、モノの効率的生産を得意とする一般企業法人にも農地を取得させれば、もっと安く農産物を市場に供給できるはずだ、誰もが自由に農地を買うことができるように法律を変えて、市場競争の原理を農業の現場に導入すべきだ」という分かりやすい議論が起こっている。
しかし、著者は分かりやすいからこそ、疑ってかかる必要がある、という(たしかに、このこの批判的な視点こそが、文系学問の生命線だ)。
著者の専門は、法社会学である。法社会学とは、法を社会現象としてとらえ、その成立・変化・機能・構造などが社会との関連に中で明らかにしようとする学問だ。
著者は、本書で「農地法が農地の自由な売買や賃貸借を規制してきたのはなぜか」という問いを掲げ、これに対し歴史をふりかえりながら答えるという方法を採っている。そして、現在の農地に関する規制には、日本人が農地をめぐって百年考えを積み重ねてきた経験の帰結であり、相応の思い歴史と理由を持つはずで、「規制を撤廃せよとする主張には、この歴史への眼差しが欠けている」と断じている。
本書を読むと、農業を考える際に歴史を学ぶ重要性がわかる。
一般に、何かを選ぶときには、何かを手放さないといけない。私も農業に改革が必要だと思うけれど、変わるときに何を得て、何を失うのかを想像すべきであろう。
未来を想像するためには、過去に目を向ける必要がある。農業の将来を展望する際には、農地をめぐって考えてきた先人たちの思いを受け止めたいと思う。
なお、本書のタイトルは、守山弘『自然を守るとはどういうことか』を思い起こさせる。ともに出版社は農文協なので、おそらくこの里山論の古典を意識して選ばれたのだろう。これらは、「自然を守ること」や「農地を守ること」という、普段は当たり前に感じていることを、あえて問うという視点がすぐれている。
150ページに満たない小著であるが、農業の将来について考えるならば、読んで損はないと思う。

(松村正治)

雨の日も里山三昧