第116回 南山舎の本2冊―『西表島の文化力』『絵が語る八重山の戦争』

2023.8.1
雨の日も里山三昧

石垣金星『西表島の文化力―金星人から地球人へのメッセージ』(2023年、南山舎)
潮平正道『絵が語る八重山の戦争』(2020年、南山舎)

 

石垣島に南山舎というローカル出版社がある。
沖縄県八重山地方が好きならば、『月刊やいま』をご覧になったことがあるだろう。
情報の質量ともに充実した月刊誌を発行し、八重山の出版文化を支えている。
また、単行本では、大田静男『八重山の戦争』安本千夏『島の手仕事』など、
やいま文庫では、松田良孝『八重山の台湾人』三木健『「八重山合衆国」の系譜』ほか、
重要な書籍を数多く刊行してきた。
八重山をフィールドに調査研究を続けてきた私は、これまで大変お世話になってきた。
今回取りあげる2冊は、現在、南山舎の売上1位と2位の本である。
最近、この2冊に関連する仕事をしたので、そのエピソードとともに紹介したい。


石垣金星『西表島の文化力―金星人から地球人へのメッセージ』

著者の石垣金星さん(1946-2022)は、沖縄県の西表島で島おこしの運動を
1970年代から牽引してきたキーパーソンであり、
島の郷土史を掘りおこし、文化芸能を継承しながら、自然保護活動も牽引された。
また、妻の石垣昭子さんと「紅露(くーる)工房」を主宰し、
自然とともにある暮らしの中から、美しくて力強い布を紡ぎ出してきた。
芸名のような金星という名前は本名であるが、
西表島について多少でも深く学ぼうとすれば、
このユニークな名前を必ず見聞きすることになる。
しかし、約1年前の2022年6月30日、石垣金星さんは亡くなられた。

今年2月はじめ、石垣金星さんのfacebookページに、
一周忌に向けて、金星さんの著作選を作るので、
編集ボランティアへの参加者募集のメッセージが掲載された。
発信者は、西表島で長くフィールドワークをつづけ
金星さんとも深く付き合ってこられた人類学者の安渓遊地さん。
(→研究成果の一部は、西表島の地名と生物文化データベースとして公開されている)
私は、金星さんとは3回ほどインタビューをお願いしたり、
紅露工房に学生を連れて染織ワークショップに参加したりした程度であったが、
この本づくりは大変意義のあると感じたので、参加することにした。
金星さんは、西表島の歴史文化、自然環境といった足もとにある資源を調べ、
それを現代社会の中で生かす活動を「西表をほりおこす会」として取り組まれてきた
そこで、この遺稿集は著者=石垣金星、編集=西表をほりおこす会としてすすめられ、
私はその会の編集部に加わるかたちとなった。

すぐに編集部の実働メンバーが4人そろったが、
実際に作業が始まったのは4月半ばからだった。
私が担当したのは、図書や雑誌に掲載された文章や新聞に寄稿した記事などを、
可能な限り網羅的に収集し、それをテキスト化するという作業だった。
全体の作業量がどのくらいあるのかわからなかったので、
早く仕事を終わらせようと、5月上旬までは空いた時間を最優先でこの編集作業に充てた。
ゴールデンウィーク中も、大学図書館等で資料を探したり、
OCRにかけてテキスト化したりする毎日だった。
もっとも、安渓さんが石垣昭子さんと相談しながら、
文章の取捨選択、全体の構成、写真の収集、DTP、本のタイトル決めなど、
大事なところをすべて仕切ってくださったので、
私はただ手となり足となって働いただけであったが、
とても充実した時間を過ごすことができた。

今回、金星さんが残された文章をたくさん読んだが、いまでも十分に面白い。
今日の地域づくり・地方創生の文脈でも通用する内容である。
ただし、それは地方の問題が、この50年間変わっていない証しでもあるように思う。

1972年の沖縄返還のかげで、西表島が本土資本の食いものにされていると聞きつけ、
島にUターンし、仲間の青年たちと島おこし運動を始めた。
外部から押し寄せる開発圧力に抗うとともにオルタナティブを求め、
島の歴史や文化を掘り下げ、紅露工房を立ち上げて新たな仕事を起こした。
また、生き物たちを神の使いと敬いながら、
自然とともに営んできた島の暮らしがエコツーリズムにつながることを示した。
(→『ヤマナ・カーラ・スナ・ピトゥ―西表島エコツーリズム・ガイドブック』は西表に行くときの必携書)
昔から伝わるように田んぼをつくり、山に入って自然の恵みをいただいた。
島の神様がいらっしゃる場所にリゾート開発が迫ると、敢然と反対し、裁判で争った。
島じまの宝として島唄を愛し、自ら三線を弾き、渋い歌声を披露した。

もちろん、金星さんの一生を数行でまとめることなど不可能である。
ぜひ、この機会に、本書を通して、金星さんの言葉と出会っていただきたい。


潮平正道『絵が語る八重山の戦争』

潮平正道さん(1933-2021)は石垣島出身の美術家で、
戦争マラリアを語り継ぐ会会長、九条の会やえやま共同代表などを務めていた。
石垣島にある憲法9条の碑、戦争マラリア犠牲者慰霊碑などをデザインされ、
2019年には八重山毎日文化賞を受賞されている。
戦争マラリア体験者として、元鉄血勤皇隊として戦争経験を語り継ぎ、
八重山の平和運動を牽引されてきた。

本書は亡くなる1年前の2020年に刊行された。
潮平さんは、語り部として子どもたちに自身の戦争体験を話すときに、
講話だけでは伝えたいことを伝えられないもどかしさを感じていた。
そこで、自ら体験したことや、他の体験者から聞いたことなどを、
20年以上かけて少しずつ描いた絵をまとめたのが本書である。
地上戦が闘われた沖縄本島では、米軍が多くの映像・写真を残しているが、
八重山では当時の様子を伝える視覚的な資料がほとんど残っていない。
このため、本書は八重山の戦争を学ぶには格好の教材である。

沖縄の戦争といえば、摩文仁の丘、ひめゆりの塔などがある本島南部が
イメージされることが多く、また、先島諸島は地上戦を経験しなかったため、
これまで八重山の戦争に関心を示す人は、けっして多くなかった。
しかし近年は、大矢英代『沖縄「戦争マラリア」―強制疎開死3600人の真相に迫る』や、
映画『沖縄スパイ戦史』(監督:三上智恵×大矢英代)などを通して、
「もう一つの沖縄戦」とも言われる八重山の戦争マラリアに関心が高まっている。
(「もう一つの沖縄戦」という表現は、サイパンやテニアンなど旧南洋群島の戦闘や、
沖縄北部での戦闘を指すときにも用いられる)。
これは、自衛隊の南西シフト、軍事面の日米一体化が進むなかで、
「島じまを再び戦場にさせない」という強い意思とともに、
「軍隊は住民を守らない」という沖縄戦の教訓を現代に呼び覚まそうとする
動きとしてとらえることができる。
(→ノーモア沖縄戦 命どぅ宝の会

戦争マラリアとは、アジア太平洋戦争末期の1945年、
旧日本軍が八重山諸島の住民をマラリア有病地と知られていた
山間部などへ強制疎開させたことで起きたマラリアの感染爆発を指す。
栄養失調のうえ満足な医療を受けられなかった住民の間に爆発的に感染が広がり、
人口の半数以上の約17,000人が感染し、死亡者は約1割の約3,600人に上った。
八重山の島じまの中でも、特に波照間の戦争マラリアの悲劇はよく知られている。
波照間島に旧日本軍の部隊は配備されなかったが、
1945年はじめ、青年学校教官として工作員1名が派遣されていた。
1945年3月下旬、米軍上陸を警戒し、西表島の南風見などに強制疎開命令が下った。
マラリア有病地であることから住民は抵抗したが、
工作員に威嚇・恫喝されて、避難せざるをえなかった。
家畜はすべて屠殺させられた。
避難地ではマラリアが猛威をふるい、多くの子供を含む住民が犠牲となった。
7月に帰島が許されるも、食糧不足にあえぎ亡くなる者が後を絶たなかった。

本書には、潮平さんの家族や近隣住民が強制疎開させられた石垣島の白水の様子や、
そこで避難生活を過ごしているうちに、マラリアで次から次へと倒れ、
多くの人びと亡くなっていった悲惨な状況が描かれている。
それらの絵は、自衛隊の南西シフトについて考えるための教材となるが、
本書はそれだけにはとどまらない魅力がある。
潮平少年の視点から、旧日本軍が駐留した石垣島の日常や、
戦争に深く巻き込まれていく様子が描かれており、生々しさが伝わってくる。
方言札、竹やり訓練、防空壕、空港や桟橋づくり、慰安所などのほか、
尖閣列島遭難事件や捕虜を虐待殺害した石垣島事件も含まれている。
また、それぞれの絵につき、簡単な説明が付いているが、
事実をきちんと伝えようと感傷的になり過ぎず、
ときにはユーモラスにも感じられる語り口が、
子どもたちに優しく語りかけるような味わいがある。

本書は刊行後多くの読者に受け入れられたようで、
すぐに絶版になってしまった。
その報せを受けた本土の人が再版プロジェクトを立ち上げ、
クラウドファンディングで資金を集め、
今年6月に再版されたことは喜ばしいことである。

さて、本書との関わりだが、
第32回多摩市平和展のプレイベントのテーマに戦争マラリアが取りあげられ、
7月22日、新しくできた多摩市中央図書館で、
本書を読み合うブックトークとギャラリーリートークがあった。
私は、そのギャラリートーク「沖縄八重山の戦争マラリアから考える」を承り、
約1時間、お話する機会をいただいた。

潮平正道さんの妻・俊さんは多摩ニュータウンの開発初期の入居者で、
1972年になかよし文庫を創立した文庫活動のパイオニアである。
その後、郷里に戻り、石垣市立図書館の建設に関わり、
「みやとり文庫」を創設され、石垣市文庫連絡協議会の会長を務められるなど、
石垣でも文庫活動をリードされた。
今回のイベントは、そうした多摩と石垣の文庫活動のネットワークをもとに、
多摩市内にようやく中央図書館ができたことを祈念して、
両者をつなぐ平和運動の企画として立案されたものである。

私は八重山に20年以上通い、細々とフィールドワークを続けており、
そのなかで潮平さんからお話をうかがうこともあったし、
最近は、石垣島における自衛隊配備と住民投票訴訟について追いかけている。
このたび、多摩市で環境・平和運動に携わっている方で、
こうした私の調査歴をご存じの方からお声かけいただいた。
私は沖縄戦や戦争マラリアの専門家ではなく、
これまで戦争マラリアについて、まとまった話をする機会がなかったが、
ありがたいご依頼と受けとめ、この機会を生かしたいと思い、
理解があいまいだった点を1つずつ調べながら話す内容を考え、
プレゼン用の資料を作成した。
さいわい、主催団体である「多摩市に中央図書館をつくる会」の代表、
青木さんからは「想像していた以上にずっと良かったです」と感想をいただけた。
今回、戦争マラリアについて話すための材料を集めたので、
今後機会があれば、ぜひ積極的に話していきたい。

以下は、ギャラリートークの際に配布した資料に挙げた
参考文献・参考サイトのリストである。
戦争マラリアについて学びを深めたいときに参考にあれば嬉しい。

○参考文献
石原ゼミナール戦争体験記録研究会(1983)『もう一つの沖縄戦:マラリア地獄の波照間島』ひるぎ社.
大田静男(1996)『八重山の戦争[復刻版]』(CDブック)南山舎.
大矢英代(2020)『沖縄「戦争マラリア」―強制疎開死3600人の真相に迫る』あけび書房.
鎌田慧(2000)『日本列島を往く(1) 国境の島々』岩波書店.
桜井信夫・津田櫓冬(1998)『ハテルマシキナ―よみがえりの島・波照間』かど創房.
松村正治(2018)「自衛隊配備問題から考える島の未来の選び方」関礼子・高木恒一編『多層性とダイナミズム―沖縄・石垣社会の社会学』東信堂, 91-127.
宮良作(2004)『沖縄戦の記録―日本軍と戦争マラリア』新日本出版社.
八重山戦争マラリア犠牲者追悼平和祈念誌編集委員会編(1997)『悲しみをのり越えて―八重山戦争マラリア犠牲者追悼平和祈念誌』沖縄県.

○参考ウェブページ
*戦争マラリア
八重山のマラリア史―戦争マラリアとマラリア撲滅
戦世からのあゆみ>絵が語る八重山の戦争 潮平正道さん [動画]
戦後75プロジェクト(NHK沖縄)>幻の12歳の学徒その足跡から見えたものとは [動画]
内閣府>沖縄戦関係資料閲覧室>証言集 ※『沖縄県史』第9巻・第10巻の証言部分
波照間島あれこれ>終わらない戦争
朝日新聞デジタル>「戦争マラリアは地獄だった」
ANN news CH>もう一つの沖縄戦~戦争マラリア[動画]
*石垣島の自衛隊配備問題
琉球放送>戦争マラリア壮絶な戦争体験から 陸上自衛隊配備へ抗議続けるオバーの思い [動画]
琉球朝日放送>沖縄と自衛隊(5) 石垣駐屯地開設で揺れる島の声 [動画]
ABC>Why is Japan Fortifying its Small Islands, and why is it such a big deal? [動画]
(松村正治)

雨の日も里山三昧