第45回 『よみがえりのレシピ』
2013.6.1雨の日も里山三昧
『よみがえりのレシピ』(監督:渡辺智史、2011年、95分)
この映画は山形県庄内地方で伝え守られてきた在来作物の話です。
現在、市場に流通する野菜のほとんどはF1種と呼ばれるもので、
交配によって作られた品種の一代目です。
家庭菜園・ベランダ菜園を始めようとして、
ホームセンターで種を購入しようとすると、それもほとんど交配種です。
交配種は土地の環境とは関係なく、どこでも同じような形、色、大きさ、味の
作物が均一的にできるという優れた特徴を持っています。
しかし、この性質が続くのは一代限りなので、
こうした特徴に頼って作物を育てる場合は、
毎年、種苗会社から種を買う必要あります。
作物は成長していけば、やがて種を実らせます。
その中から土地に合った種を採り(自家採種)、
それを撒いて作物を育てるということを
世代を超えて受け継いできたものが在来種です。
市場を流通するほとんどが交配種となる一方で、
在来作物は、品種改良された作物よりも収量が少なかったり、
病気に弱かったりすることから市場で評価されず、
多くの地域から消えてしまいました。
もちろん、日本国内だけではなく、世界的に在来作物は減少しています。
今日、グローバル市場が形成され、
多国籍バイオ企業の種苗が世界中に出回るようになったことで、
各地の在来作物が加速度的に消失しつつあります。
こうした動きに対して、在来種を保存しようとする運動が、
NGOや研究者などによって世界中で展開されています。
全体としては市場化の大きな波に対して、
小さな抵抗を試みているという状況のように思いますが、
それでも、近年、在来種を見直す動きが国内に着実に広がっています。
その代表的な地域の1つが庄内地方です。
庄内地方において、在来作物を再評価する動きは、
この映画がつくられる前から知られていました。
山形大学の江頭宏昌さんが、山形在来作物研究会を始めたのは
今から10年前の2003年でした。
(研究会の成果は、『どこかの畑の片すみで』(2007年)、
『おしゃべりな畑』(2010年)などを通して知ることができます。)
また、「ソースをなるべく使わないこと」をモットーに、
地元の食材を生かした庄内イタリアンを提供するシェフ
・奥田政行さんが故郷の鶴岡市で「アル・ケッチャーノ」を始めたのは、
2000年にさかのぼります。
奥田さんは、従来漬け物にすることくらいしか利用できなかった在来野菜を、
まったく独創的なイタリア料理の材料にすることで、新たな光を当てました。
奥田さんの活躍は、2006年にTBS系『情熱大陸』で紹介され、
全国的にも知られるようになりました。
映画『よみがえりのレシピ』でも、
江頭さんと奥田さんは中心的に取り上げられており、
お二人が在来作物の再評価に果たした役割の大きさが、
あらためて伝えられていました。
しかし、こうした物語を描けたのは、
庄内地方に在来作物が残っていたからであり、
それは種を守ってきた一人ひとりの働きがあったからです。
映画では、外内島キュウリ、藤沢カブ、だだちゃ豆、宝谷カブなどの
在来作物の生産者が紹介され、
丁寧に仕事をされている様子が映し出されていました。
私は、ローカルフードシステムの研究会で、
一度庄内地方を訪れたことがあり、
この映画に登場する藤沢カブ生産者の後藤勝利さんを
訪問したことがあります。
焼畑で育てられる藤沢カブの話をうかがって、
夏の暑い最中おこなわれる火入れを見てみたいと思いました。
映画では、藤沢カブが焼畑農法で育てられる様子を見ることができて良かったです。
(なお、藤沢カブの焼畑農法を紹介した絵本として、
土田義晴『おじいちゃんのカブづくり』(そうえん社、2008年)がある。)
ただ、映画として見た場合、聞いていればわかる言葉にも字幕が付くのは、
とてもきれいに映像を撮られているので、どうだろうかと感じました。
また、江頭さんが大学の先生らしく、
わかりやすく伝統作物を守る意義をレクチャーされるのですが、
それが説明的に過ぎるようにも感じました。
それでも、このように映画で伝えたい内容には十分に共感しますし、
庄内地方での取り組みも、これまで知られていなかったわけではありませんが、
1つの作品としてまとめられた功績はとても大きいと思います。
さらに、この映画が一口1万円で資金を寄付する市民プロデューサー
によって出来上がったことは、在来作物が多くの人びとにとって、
誇るべき地域の宝となっていることを意味しているようで、
非常に意義深いと感じています。
横浜では、6月1日(土)~7日(金)の1週間限定、
ジャック&ベティで上映されますので(1日1回、12:10のみ)、
まだご覧になる機会がなかった方は、お見逃しのないようにしてください。
映画を見に行く時間がないという方には、
一志治夫『庄内パラディーゾ』(文藝春秋、2009年)
という本がお勧めです。
また、この機会に在来作物に興味をお持ちの方は、
交配種ではなく固定種を自ら栽培してみてはいかがでしょうか。
たとえば、『いのちの種を未来に』(創森社、2008年)、
『タネが危ない』(日本経済新聞社、2011年)やなどの著作がある野口勲さんのお店
「野口のタネ/野口種苗研究所」では、固定種を扱っています。
今年から、私は家庭菜園で作物を育てるとともに、種を採ることも試しています。
現在、コマツナ、ブロッコリー、カブ、ダイコンなどが、
きれいな花を咲かせた後、たくさんの実(種)を付けています。
最近、植物が最後まで生ききることを見届けるのが楽しくなってきました。
その分、作物を収穫するのはおろそかになりがちですが、
植物の生命をいただいているという実感が強くなりました。
作物だけを収穫していたときよりも野菜に対する見方が広がり、
植物だけでなく人に対しても優しくなれそうな気がしています。
(松村正治)