第71回 『外来種は本当に悪者か?』(フレッド・ピアス)

2016.8.1
雨の日も里山三昧

フレッド・ピアス, 2016, 『外来種は本当に悪者か?―新しい野生』草思社.

7月31日に東京都知事選があり、小池百合子氏が当選した。
本書に関連するエピソードと言えば、小池氏が環境大臣であったとき、
オオクチバスを特定外来生物に指定するかどうかが議論の焦点となった。
もう10年以上前、2004年~2005年のことだ。
このとき、釣り関係者への配慮などから指定が先送りされる予定だったところを、
小池氏が「指定が望ましい」と発言して、リストに加えられたことがあった。
当時、パブリックコメントでは8割が指定しないように求める意見だったので、
半年議論を先送りするように事務方で調整したところを、
いわゆる「鶴の一声」によって覆したという。
このため、日本の自然保護団体を代表する
日本自然保護協会、WWFジャパン、日本野鳥の会は、
この小池氏の「英断」を強く支持する緊急声明を発表した(2005年1月)。

当時の関連情報を調べていたら、2005年3月12日に立教大学で
「子孫に残そう日本の自然を!~つくろう、ブラックバス駆除ネットワーク」
というシンポジウムが開催されていた。
主催は立教大学ウエルネス研究所で、共催は自由民主党 自然との共生会議、
全国内水面漁業協同組合連合会(全内漁連)、生物多様性研究会。
全内漁連は、直接的な利害関係があるので共催する理由はわかりやすい。
ほかは、外来種排斥を訴える研究者と自然保護団体、さらに保守政党であった。
環境系のシンポジウムとしては珍しく「保守」系の人びとも登壇し、
その中には、『偉大なる日本をめざせ!』という共著のある桜井よしこ氏と
平沼赳夫氏、そして当時環境大臣だった小池百合子氏も含まれていた。
これは、環境を守ることが自分たち(だけ)を守ることに、
さらに「よそ者」を排除することにも、
容易につながりやすいことを意味している。
当時から小池氏は、多数のパブリックコメントをあえて無視して、
政治的なパフォーマンスを演じるとともに、
日本の在来種を強く守る姿勢により保守色を出していた。
10年経った今でも、こうした傾向は変わらないように見える。

さて、本書の内容だが、外来種=悪/在来種=善という図式で
自然保護を考えている人には受け入れがたい事実が多く含まれている。

多くの自然好きの人がこの善悪二分法を採用する背景には、
次のような考え方がある。
すなわち、在来種は長い生物進化の道程をたどってきたのであるから、
生息している場所とは切り離せない関係にある。
そこに、外来種が「侵入」すると、在来種が駆逐されたり、
在来種と交雑して遺伝子が汚染されたりするから、悪いという考えだ。

たしかに、外来種によって在来種が駆逐される例は一部の島嶼部で顕著だ。
しかし、そのわずかな事例をもとにして、外来種問題一般が語られる。
多くの外来種は、新たな環境に適応できずに定着できない。
外来種が「悪者」になるのは、外来種それ自体の侵略性というよりも、
そもそも環境汚染によって在来種の生息環境が悪化していたところに、
外来種が入ってきて広がるという事例が多いという。
要するに、人間の環境汚染が在来種減少の主因であるのに、
それが外来種のせいにされているケースがほとんどなのだ。
一方、外来種が入ってきても在来種も生息・生育し続け、
生物多様性が高まっている例は多い。
さらに、外来種が先駆的に入ることで、
在来種にとって生息しやすい環境を創りだすこともあるそうだ。

人類の活動が地球に大きな影響を及ぶすようになった地質時代を
人新世(Antropocene)と呼ぶ向きがあるが、
そもそも、この人新世には「手つかずの自然」は皆無に近い。
日本では世界自然遺産である屋久島や白神山地などでも、
人間の活動による影響が見られるが、
たとえば、アフリカや南米アマゾンでも、それらは未開の自然ではない。
おのずと、人間の関与があり、意図していたかどうかは別にして、
多くの外来種も持ち込まれてきた。
そうした経緯があるにもかかわらず、時計の針を逆に戻すかのように、
外来種を駆除して在来種の生息環境を守ろうとすると、
莫大な費用がかかるうえに多くのプロジェクトは失敗した。

そうであるならば、在来種を守れないことを受け入れて、
外来種が新たな環境で、新たにその地の動植物と関係を築いていく
「エコロジカル・フィッティング」を研究した方がいい。
そうしてできる環境も野生。「新しい野生」だ。
その研究の先には、外来種を適切にいかしながら、
生物多様性を豊かにする方法が見つかるかもしれない。

このように著者の主張は明快だ。
しかも、優秀な科学ジャーナリストのようで、
主張を裏付けるデータをきちんと取り、その参照先を細かく記しているから、
自分で検証することも可能だ。
保全生態学に関心がある人、自然保護に携わっている人には、
強く勧められる本である。
書評としては、本書に収められている岸由二さんの解説がいい。
しかも、これがネットで公開されているので、すぐにでも読んでおくべきだろう。

最後に、冒頭の話に戻るが、外来種問題とは、
科学の問題であるとともに、社会の問題であり、政治の問題でもある。
「日本の自然を残そう」「外来種を駆除せよ」と叫ぶ裏側に何があるのか、
環境保護と排他的な保守政治は親和性が高いことを踏まえ、
こうした動きを注意して見ていく必要があるだろう。

(松村正治)

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