第122回 全国雑木林会議編『現代雑木林事典』
2024.9.1雨の日も里山三昧
2か月前の7月1日、中川重年さん(以下、ジュウネンさん)が亡くなった。
ジュウネンさんは、故・重松敏則さんと合わせて「西の重松、東の中川」と言われたように、1990~2000年代に広がった里山・雑木林保全運動の理論的・実践的な中心にいた。
ジュウネンさんについては、15年前のコラムで『再生の雑木林から』(創森社、1996年)を紹介するかたちで、個人的なかかわりを書いたことがあるが、今回は故人を偲んで、あらためて今の気持ちを記しておきたい。
ジュウネンさんの息子さんで、NORAの理事でもある中川欅さんから、メールで訃報を受け取ったのは7月4日のことだった。
私は、メールの文章を繰り返し読み、ジュウネンさんのことに想いをめぐらせてから、書棚にあるジュウネンさんの著作を眺めた。
そして、ネットの古本屋で『フィールドガイド 日本の樹木』上下を購入した。
ジュウネンさんの著作はほぼ買いそろえていたが、この2冊は持っていなかった。
亡くなったことを知って、無性にジュウネンさんのことを手ざわりとして感じたいと思い、1990年に出版されたこの図鑑を買ったのである。
ジュウネンさんに最後にお目にかかったのは、8年前の2016年だった。
私が企画したイベントで基調講演をお願いしたのであった。
「市民参加で里山を守り生かすためには」というタイトルで、バイオマスの熱利用や農業利用、伝統的な地域産業とのコラボなど、里山を生かす古今東西の文化(知恵や技)に詳しいジュウネンさんらしいお話だった。
ただし、当時すでに70歳となっていたので、講演の中で示されたアイデアをご自身で実践していくぞというパワーは見られず、あとは次の世代に任せますという語り口が、寂しく感じられた。
その後、ジュウネンさんがイベントなどに出られることは少なく、知り合いから、最近どうされているのだろうかと心配する声も聞かれていた。
私は2003~04年、神奈川県自然環境保全センター(元森林研究所)で、ジュウネンさんに招かれて、研究員として働く機会をいただいたことがある。
当時、私は神奈川森林エネルギー工房というバイオマスエネルギーの普及に務める市民団体の代表を務めていたことから、森林バイオマスエネルギーの調査研究のため、臨時で雇用されたのだった。
当時、私は大学院博士課程の3年目を終えたところで、日本育英会から支給されていた3年間の奨学金が得られなくなり、何かお金を稼がないと生活できないという状況だった。
NORAでアルバイトをしていたのだが、忙しいわりに実入りが少なく、将来の人生設計に大いに不安を感じていたときだった。
そんなときに、ジュウネンさんはちょっと割のいい働き口をくださった。
私は週に3日はNORAでバイト、週3日は県で非常勤研究員として働いた。
この研究員時代に、私はジュウネンさんと共著で2つの論文を書いた。
この論文は、研究課題に即して書いたものだったので、私が書きたい内容ではなかったけれど、今ふりかえってみれば、ジュウネンさんは私の生活を心配して、研究機関等に就職するには実績を残した方がよいと考え、論文を執筆する機会を提供してくださったように思う。
欅さんからいただいたメールには、「葬儀等は行いませんが、偲ぶ会でもできたらと思っています」と書かれていた。
偲ぶ会は、ぜひ開きたいと思っている。
ジュウネンさんの関心領域は広かった。
森林への学術的な関心が人工林の木材生産に集中していた時代であったが、ミズキやケヤキなど広葉樹の育成や利用を研究し、地域の伝統産業における樹木の利用や樹木方言なども丹念に調べた。
一方で、「ばあぴ連(バウムクーヘン・アルプホルン・ピザ普及連盟)」の活動に見られるように、里山保全・雑木林再生を社会教育や森林レクリエーションと結びつけ、正しさよりも楽しさを強調しながら、森林と市民をつなぐ活動を展開した。
国内だけではなく海外にも目を配り、東南アジアでは木工ろくろを調べ、中国東北地方では生活と密着した里山利用を調べ、ヨーロッパでは伝統的な薪利用や現代的なバイオマス利用を調べ、その研究成果を私たちに惜しみなく分けてくださった。
過去の森林文化を継承することにこだわるのではなく、現代的な利用を具体的に提案し、自らやって見せて仲間を広げていった。
そうしたジュウネンさんの関心領域の広さを物語るのが、本書『現代雑木林事典』である。
編者の全国雑木林会議とは、森林・里山に関わる団体の情報交換を目的にした市民主導のゆるやかなネットワークである。
1993年、水野一男さん(木文化研究所)やジュウネンさんらが中心となって、第1回会議が名古屋市で開催された。
私は1998年に横浜で開かれた第6回会議に参加して、この運動の熱気に感化された。
本書は、全国雑木林会議が毎年回数を重ねて約10年経過し、ネットワークを通して培ってきた成果と知見を、広く共有するために刊行された。
Amazonの紹介文には、「市民ボランティアのための初の雑木林百科。森の多様性、生態系づくりなど全国での蓄積事例を総合化。大人から子どもにまで、森づくり作業の楽しさを伝える、旬の雑木林学の集大成となる事典」とあるが、適切な説明だと思う。
本書を開くと、さまざまな項目が掲載されている。
伝統的な利用として、「民具と里山文化」「池田炭と台場クヌギ」「粗朶の利用」「柴漬け漁」「薪埋」などがあれば、現代的な利用として、「エコレストラン」「バウムクーヘン」「ペレットとチップ」「ロゴソール」などがある。
また、「市民参加による雑木林管理の流れ」「里山倶楽部」「よこはまの森づくりの事業」など、当時のムーブメントの状況を伝える項目も含まれている。
事典項目の選定基準には統一性が見られず、雑多な印象を拭えないが、むしろ、そうした多種多様な項目が、ネットワークに関わっていた多くの書き手によって表現されているところに価値があると言えよう。
本書は、当時、里山保全のムーブメントに関わっていた市民にとって、バイブル的な存在であった。
先日、月1回程度のペースで開いている環境NPO運営スタッフのオンラインで談話会で、ジュウネンさんのことが話題になった。
その日は、東京、神奈川、大阪、福岡の環境NPOのメンバー4人が集まっていた。
それぞれが2000年頃の里山保全運動の熱気をふりかえりながら、大胆さと繊細さを合わせ持ち、小さい者にはつねに優しいまなざしを注いだジュウネンさんの思い出を語り合った。
そのうち、『現代雑木林事典』の話になった。
4人のうち2人は、本書の執筆者の1人であった。
マニアックな本書の存在を知る人は、この世にけっして多くないはずであるが、この日集まった4人は全員、手に届く範囲に本書を置いていた。
思わぬかたちで同志であることを確かめ合い、笑い合った。
画面越しに、それぞれが愛蔵する本書を見せ合った。
談話会を閉じる前に、この事典をそれぞれが持って記念にスクリーンショットを撮り、ジュウネンさんを偲んだ。
先日、欅さんに聞いたら、偲ぶ会の計画はまだ何も決まっていないという。
それならば、取りあえず声を掛けられる範囲で、ジュウネンさんを偲ぶ会を計画しようか。
(松村正治)