雨の日も里山三昧

第33回 『森林バイオマス』

2012.4.1
雨の日も里山三昧

『森林バイオマス―地域エネルギーの新展開』(2003年、川辺書林

先日、林野庁からの委託事業の中で、
国内の森づくりの優良事例を調査してまとめる仕事があり、
10年来の付き合いのある竹垣英信さんに、
あらためてお話をうかがう機会がありました。
NPO法人森のライフスタイル研究所の理事長である竹垣さんは、
これまでの森林ボランティアの分野に、
独自の手法と新しいアイデアを持ち込で活躍されています。
その活動のユニークさについては、これまでも知っていたつもりでしたが、
じっくりとインタビューすることで、
今まで以上に深く理解できたような気がします。
そこで、今回のコラムでは、このときのお礼も兼ねて、
森のライフスタイル研究所の活動についてシェアしたいと思い、
かつて竹垣さんらが編集された『森林バイオマス』という本を挙げました。
内容を紹介したいというわけではなく、
これまで竹垣さんが取り組んできた仕事の1つを取り上げたかったからです。
以下は、コラムというよりも、森のライフスタイル研究所の団体経緯と
活動紹介になっているます。

1.森のライフスタイル研究所の活動経緯
(1) 最初の動機は都市の環境改善
竹垣さんが森にかかわる活動を始めたのは2000年からです。
もともと、内装や保険などを幅広く手がける会社を経営していたそうですが、
営利を追求し続けることに限界を感じ始め、
「都市生活環境を快適にする植林政策について」という調査を開始しました。
この頃は、コンクリートに埋め尽くされている都市に木や花を植えて、
緑化によって生活環境を良くようという思いが強かったそうです。
しかし、都市環境の改善のためにどこへ何を植えたらいいのかと調べても、
数値化できるような明確な答えが見つかりませんでした。
一方、有識者へのヒアリングを進めていくうちに、
植林よりもむしろ間伐のあり方に課題があると感じられたので、
当初の方針を見直し、間伐を促進しながら森林資源を活用し、
森林再生を目指すという公益活動を始めることにしました。

(2) 伊那谷を拠点とした森林バイオマスの普及
間伐作業を進めるにしても、伐った木を活かせなれば森林再生につながりません。
そこで出会った言葉が「森林バイオマス」であり、
森林資源のエネルギー利用に活路を見出すことにしました。
当時、EU諸国で急速に普及し始めた木質ペレット燃料に関心を持ち、
生産工場の建設計画があった長野県伊那市へ向かったそうです。
それまでも情報収集のために多くの自治体を訪ねたものの、
森林・林業の関係者ではなかった竹垣さんは軽くあしらわれました。
ところが、長野県や伊那市では、その積極的な行動力を評価され、
森林バイオマスの普及を図るパートナーとして認められました。
それ以降、長野県からの協力を得ながら、
上伊那森林組合と伊那谷森林バイオマス利用研究会と連携を深め、
伊那谷をモデル地域として活動を展開していったのです。
2002年8月にシンポジウム信州・伊那谷発「バイオマスをひろめよう!」を開催、
このときの講演録をもとに2003年2月には、
今回のコラムのタイトルに挙げた『森林バイオマス』を出版しました。
こうした勢いの良さが竹垣さんらしいと思います。

信州伊那谷を拠点として、森林バイオマの普及啓発に取り組んでいく中で、
2003年12月、上伊那森林組合がカラマツやアカマツの間伐材から
全木ペレットを製造する事業を開始しました。
しかし、たとえペレット製造工場を建設しても、
需要が増えない限り収益を上げることも困難になります。
この課題に対して長野県は、メーカーと協働で間伐材から作った全木ペレットを
燃料とするストーブ・ボイラーの開発に取り組み、
2005年度にはタイプの異なる3種のストーブを
「信州型ペレットストーブ」として認定しました。
さらに、県は2006年度から森のエネルギー推進事業に着手し、
ペレットストーブ・ボイラーの導入に対する補助制度を設け、
学校・公共施設等を中心に燃焼機器を積極的に導入しました。
こうした動きを作りだしてきた竹垣さんは、
ペレットストーブ愛好家、まちづくりの専門家とともに、
2003年5月に森のライフスタイル研究所を設立しました。
目的には、地球温暖化防止と森林再生を両立させながら持続可能な地域社会を構築し、
スローな生き方への変革と地域の活性化に寄与することを掲げました。
そして、一人ひとりのライフスタイルを変えていくというミッションのもと、
森林バイオマスの普及のために、上伊那地域にある(有)近藤鉄工の
地元産ペレットストーブの販売・施工も担うようになりました。

(3) 事業の見直しによる森づくりへの原点回帰
ところが、この事業にかかる負担は大きく、いつしか「ストーブ屋」になってしまい、
将来の方向性を展望しにくくなってしまいました。
また、これまで普及に協力してきたペレットストーブ・メーカーも、
十分に自立して経営している段階でした。
そこで、森のライフスタイル研究所として活動を始めて5年目の2008年に、
「森林づくりビジョン」を独自に定め、活動の方向性を転換することにしました。
森林バイオマスを普及してきた活動実績を生かしながら、
「正しさと楽しさをつなぐ」という個性を打ち出しつつ、
あらためて森林の再生に取り組むことにしたのでした。

木質ペレットについては、普及のための仕組みづくりに力を注ぐことにしました。
ペレットストーブのホームページを制作し、
その中で「暖房・給排気方式」「トラブル事例」「使用者の声」など、
利用者にとって有用な情報を掲載しています。
また、2009年3月には、「ペレットストーブは、どう使うのが正しいのか?」
というイベントを開催し、正確な情報の発信・共有にも努めています。
さらに、2008年度から、地球温暖化防止と森林バイオマスの普及を連関させる
カーボン・オフセットの仕組みを長野県内に構築・導入する取り組みも進め、
2009年12月には環境省のオフセットクレジット(J-VER)制度に認定されました。
森のライフスタイル研究所はこの仕組みの運営を担い、
ペレットストーブ利用者はペレット燃料の購入時に得たポイントを換金、
もしくは森林保全のために寄付できるようにもなっています。

2.森のライフスタイル研究所による森づくり活動
(1) 手入れをする理由が明確な場所で行政とともに進める森づくり
2008年以降、森のライフスタイル研究所の主たる活動は森づくりです。
これまでの活動実績のある長野県では、森林が山火事で消失した場所、
台風による風倒被害に遭った森林、閉鎖されたスキー場の跡地など、
森林再生の意義がわかりやすい場所を選んで活動を展開しています。
2011年からは、東日本大震災の被災地支援として、
千葉県山武市の海岸林再生にも取り組んでいます。
活動場所を選定する際には、行政の制度を生かしています。
長野県内では、県の「森林(もり)の里親促進事業」の仕組みを活用しています。
この事業は、県が仲介役となって企業と地域を結び、
多様な手法によって森林整備を促進しようとするものです。
「どんぐりの森里山再生プロジェクト」(長野県東御市田之尻)、
「和田峠スキー場を森へと還すプロジェクト」(長野県長和町和田峠)では、
森のライフスタイル研究所が里親の位置に入り、
公募参加者と地域住民による里山再生、地域住民との交流を図っています。
また、「ヒノキの経済林づくりプロジェクト」(長野県佐久市大沢)では、
里親となる(株)前田建設工業の「MAEDAの森 佐久」16haのうち3haを管理し、
年数回の社員が参加する森林体験では、独自プログラムの企画運営もおこなっています。
同じように千葉県でも、県有林において企業・団体等が社会貢献活動として
森林整備をおこなう「法人の森事業」の制度を活用しています。

(2) 「無関心層」の若者でも参加しやすい森づくり
森林ボランティア団体に所属する会員の年齢層は、
全国平均だと40歳未満が6%、40歳~50歳未満が14%、
50歳~60歳未満が40%、60歳以上が40%となっています。
これに対して、森のライフスタイル研究所の場合、
森づくり活動に参加する年齢層が非常に若いという特徴があり、
19歳~30歳未満が53%、30歳~40歳未満が40%、40歳以上が7%です。
こうした特徴には、代表の竹垣さんが40代前半で、団体のスタッフが若い
という要因があるでしょうが、それだけではありません。
森のライフスタイル研究所では、森づくりの参加者として
環境や森林に興味はあっても、それほど強い関心を示していない若者を
主たるターゲットとしているからです。
竹垣さんは、「環境ムラは環境の情報をそこにしか投下していない」と言います。
だから、これまで軽視されていた「無関心層」をおもな対象として
戦略的に情報を発信しているのです。
近年は、同じフィールドで森づくりを継続しているので、
何度も参加するリピーターが増えています。
ストーリー性を持たせて若者を引きつけ続けるに、
つねに電車の吊り広告にも注意して、
時流を捉えるようにアンテナを高く張るようにしているそうです。
最近、森のライフスタイル研究所では、
参加者に「ガチ派」か「エンジョイ派」か自己申告してもらい、
グループごとに作業内容を分けています。
参加者のニーズに応えて、森づくりのプログラム設計に努めているのです。

(3) 戦略的に企業と連携を図る森づくり
ボランティアの分野では、しばしば「怪我と弁当は自分持ち」と言われます。
しかし、森のライフスタイル研究所では、この言葉をよしとしません。
これまで森づくりに関わったことがない若者を参加者として想定して、
1回参加したら次も行きたくなるような雰囲気を作ることが大切だと考え、
バーベキューとダッチオーブン料理を作ったり、
地元と交流しながら郷土料理を楽しんだりと、昼食はきちんと用意します。
また、怪我に関しても同様で、保険に加入することはもちろん、
2011年9月からAEDを携行した上で、
緊急時に的確な医療的判断ができる救急救命士などを同行させています。
こうした万全のサポートにより、主催者側は安心できるし、
若者は森づくりに参加しやすくなると考えられます。
このような主催者側の昼食サービスおよびリスク管理には、
相応の費用もかかるはずですが、森のライフスタイル研究所では負担しています。
その理由は、新たな参加者層を獲得するためだけではありません。
多くの若者を巻き込みながら進める森林再生の実績は、
CSRに取り組む多様な企業と協働事業をおこなうときに有利に働きます。
若者の参加者を増やして参加費収入を上げることが目標ではなく、
企業とパートナーシップを組み、社会貢献という位置づけの中で、
資金を調達できればというねらいを持っています。
2010年11月に社会的責任に関する国際規格(ISO26000)が発行されましたが、
その数年前から森のライフスタイル研究所では、
CSRの仕組みを森づくりに活かすことを計画していました。
そのために、ウェブサイトを格好良くリニューアルし、
企業のパートナーとなれる実績づくりを進めてきたそうです。
こうした戦略的な経営が「NPOらしくない」と言われる理由でしょうが、
それゆえに企業側にとっては協働しやすい相手なのかもしれません。

(4) 活動の効果を数値化する森づくり
森林再生を企業のCSR活動に位置付けようとするとき、
その活動を客観的に評価することが求められます。
つねに収入と支出のバランスを気に掛けている企業に対しては、
費用の対してどのような見返りがあるかを、できれば数値化して示したいものです。
そのような考えから、木質ペレットや薪の利用によるCO2削減効果を明示するため、
前述したカーボン・オフセットの仕組みを構築しました。
また、2012年から生物多様性の観点を森づくりに導入しようと、
信州大学中村寛志研究室と協働で調査し、
活動を客観的に評価しようという予定もあります。
さらに、森づくり活動が健康増進につながることを示すために、
研究機関と連携しながら実際にデータを採ったこともあるそうです
(思うようなデータは得られなかったようですが・・・)。
世界を見渡せば、カーボンクレジットに加えて、
生物多様性クレジットの取引も盛んになっています。
まだ国内での取引量は小さいですが、この分野の市場が拡大する前に、
先を見越して動いているところが、竹垣さんらしいです。

3.まとめ―インタビューを終えて
竹垣さんの言う「環境ムラ」の中で人と資金が回るような仕組みでは、
いつか持続できなくなるでしょう。
人と資金が速やかに移動するグローバル化時代に適応するには、
市民社会に対して活動の意義を伝えていくことが重要です。
良いことをおこなっているのだから人に伝わらなくてもよいという構えではなく、
人に伝わらなければ良いことであるとも言えないと捉えるべきでしょう。
市民社会に対して活動の意義を伝えることがきわめて重要であると認識し、
他者とのコミュニケーション、そしてフィードバックを重視すること。
このように市民社会に対して開かれていることが、
活動を継続させる上では大事なことだと強く感じました。

(松村正治)

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