第5回 いなしさま

2009.11.1
イキモノのにぎわい

ふるさとの我が家の氏神は、お稲荷さんです。
昔、旅人が「ここは日当たりのよいとてもいい土地だ」と言って
置いていったそうです。
(ばあちゃん曰く、「持って歩ぐのが、めんどくさぐなったんでねぇがなぁ~」
←いえいえ)。
二月初午の日には、赤い旗を立てお供え物をし、盛大にお祭りをします。

お稲荷さんは五穀豊穣や商売繁盛、家内安全等のご利益がありますが、
「稲荷」は「イネが生った」が転訛した、という説があるように、
はじめは農耕神として祀られ、社会変化とともに諸産業の神等の性格も
持つようになりました。
また、お稲荷さんといえばキツネ。
キツネは稲荷神のお使いですが、稲荷神として信仰する地域もあります。

日本のキツネ(Vulpes vulpes)は、ユーラシア・北アメリカに広く分布する
アカギツネの一亜種で,北海道・本州・四国・九州に分布します
(北海道産を亜種キタキツネと分類することがあります)。

稲荷神とキツネの関係は、渡来系の伝承や仏教などが交じり合うなかで
生まれたものだそうで、世界中に広く分布しているキツネが
古来より人間とかかわりが深かったことがわかります。

稲荷信仰で注目すべきは、実際にキツネの生息地を信仰の対象地に
したところが多いことです。
キツネは繁殖のために巣穴を掘ります。その穴にお供えをしたり、
穴を埋めた供養としてお社を建て、というところもあります。

また、「狐」のつく地名も多くあり、やはりキツネの生息地であったと考えられます。
神奈川県内にも「狐」のつく地名が多くありますが、残念ながら名が残るだけで
キツネが生息していたとは見る影もないところもあります。
実際に神奈川県内では都市近郊の丘陵地や平野部ではキツネは
ほぼ絶滅に近い状況にあり、丹沢と箱根の山麓からブナ帯にかけて
生息が確認されているだけだそうです。

地名にもなるほど多く見られたキツネやタヌキ等の普通種は、
計画的に調査が行われているわけではなく、全国に広く生息している
と言われていますが、現況は明らかではないといえます。

キツネはその行動から、謎めいている動物として伝承や信仰の対象に
なってきましたが、同様にそういった対象であったオオカミのように、
その姿が伝説のものになってしまわないようにしなければなりません。

森や山に隣接している田んぼの畦を辿っていくと赤い鳥居があり、
その先にあるまっすぐ伸びた参道が鬱蒼とした深緑のなかに溶け込んでいく、
その風景が大好きです。
昔からひっそりとその土地を見守り、ときには畏怖の念を抱かせ、
自然と人間の境界を暗に示しているような感じがします。

晩秋の空の下、地名の由来を考えたり、お稲荷さんのある位置の
昔の風景を思い描きながら散歩するのはいかがでしょうか。

(Tanji)

※題名の「いなしさま」は、私のばあちゃんが言う「お稲荷様」のことです。

参考文献:
・伏見稲荷大社 『稲荷暦』 2009
・長澤武 『動物民俗』 法政大学出版局 2005
・今泉忠明 『狐狸学入門』 講談社 1994
・神奈川県立生命の星・地球博物館編 『哺乳類』 有隣堂 2003