プロジェクト

持続的なエネルギーや暮らしの道具など、恵みをもたらす「ヤマ」
自然と人間の領域の中間にある、田んぼなどの生産空間「ノラ(野良)」
日々の営みや、力をあわせた共同作業の場「ムラ」
季節の行事や祭りなど、『非日常』を意味する「ハレ(晴れ)」
豊かな里山環境すべての基盤は、「イキモノ」のにぎわい。
NORAは、互いが活かしあう里山の相関関係を軸としてプロジェクトを展開していきます。

里山の中心には、農村に生きる人びとの居住空間として「ムラ」があります。その周りには、毎日のように出かける田んぼや畑などの「ノラ」があります。さらにその周りには、ときどき柴刈りなどに出かける「ヤマ」があります。
「ムラ」の人びとは、日々、「ノラ」「ヤマ」でシゴトに励むほかに、「ハレ」の日を大切にして心ゆくまで楽しみ、再びシゴトへと戻りました。
また、里山は、ムラ―ノラ―ヤマが同心円を描くように広がる中で、田んぼ、畑、ため池、小川、草はら、屋敷林、竹林、雑木林などがモザイク状になって、多様でまとまりのある景観を作り上げていました。それぞれの小さな生態系は、その場をすみかとする「イキモノ」をはぐくみ、高い生物多様性を誇っていました。

NORAは、互いが活かしあう里山の相関関係を軸とし、プロジェクトを展開していきます。

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 ヤマ

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ガスも電気もまだまだ使えない頃、煮炊きは薪や炭でした。それらはムラ共有もしくは個人所有の「ヤマ」で得ていました。家を建てるためのスギ林、竿や籠をつくるための林…。十数年~数十年のサイクルで木を育て、森林の恵みをいただいていたところ、
それが「ヤマ」です。山菜やきのこ狩りのほか、若い林の林床には可憐な野草たちが色とりどりに花を咲かせていたことでしょう。

しかし、昭和30年代くらいから、近くの「ヤマ」から煮炊きの材料を求めるのではなく、遠く外国から石油やガスを輸入することでエネルギーを賄うようになりました。それ以降、「ヤマ」は利用価値を失って、放って置かれるようになりました。「ヤマ」から木を伐りながらも、破壊することなく持続的に利用してきた歴史が、ぱたっと止まったのです。

今日、環境問題が深刻になり、持続可能な社会を目ざそうとする動きが広まっています。それとともに、「ヤマ」とともに生きてきた人びとの歴史が見直されるようになりました。

NORAは、放置された「ヤマ」に再び手を入れる「NORAの山仕事」によって、木材や落ち葉などの資源をきちんと活かしながら、新たな価値を見いだそうと努めています。

 

 ノラ

イラスト_ノラ自然の領域により近い「奥山」「ヤマ」と、人間の領域である「ムラ」「サト」の中間にある場所が「ノラ(野良)」。田んぼや畑といった、生産空間です。今でこそ個人(または組織)所有ですが、その言葉の中には、共同で開拓、維持してきたという意味も含まれているそうです。人がかかわって野が良くなる。自然への干渉を「ヤマ」よりもさらに強め、切磋琢磨してきた汗を感じます。

しかし、最近では、「ノラ」で働く人びとが減り続け、高齢化も進んでいます。そのために、人の手が入らなくなった土地が増え、大きな社会問題になっています。「ノラ」には、立派な作物を育てるために土づくりに励んできた長い歴史があります。先祖代々、受け継いできた遺産であることを思えば、「ノラ」が草木に覆われていくことを黙って見てはいられません。

NORAは、「NORAの野良仕事」を通して、自然とともに生きる農家の方から「ノラ」とのつきあい方を学ぶととともに、もったいない農地を活用するすべを考えています。

 

 ムラ

イラスト_ムラムラ」とは、農村、山村、漁村など、ある程度の人びとが暮らす集落のことで、「群れ」と同じ語源とも言われています。里山に関してふれる場合は、農村社会としての「ムラ」を指します。それぞれの「ムラ」には、その地域の風土に溶け込んだ暮らしがあります。家屋の構え、屋敷林の方角、水路の引き方、石垣の積み方などに、地域の自然と上手に付き合う知恵が認められます。「ムラ」に暮らす人びとは、集落総出で社会基盤を作る「村普請」や、田植えや屋根葺きなど人手が必要なときに力を合わせて作業する「結」などを通して、相互扶助の精神を育んできました。「ムラ」の中でこそ、人びとは安心して暮らすことができたのです。
しかし、特に都市化が進んだ地域では、風土に合った暮らし方は消えつつあります。また、地域の中で共同で作業することも少なくなり、隣近所との人間関係は希薄になっています。

NORAは、「はまどま」を拠点として、「ムラ」の暮らしを参考にしながら、自然と折り合いながら過ごす暮らし方を提案するとともに、新しい地域コミュニティを築くために活動を展開しています。

 

 ハレ

イラスト_ハレハレ(晴れ)」は儀礼や祭り、年中行事などの「非日常」を意味し、「ケ(褻)」はふだんの生活である「日常」を表しています。農家にとって「ハレ」の日は、休日でもありました。そして集落の人たちと楽しく過ごすときでもありました。季節ごとの節目で行われるさまざまな行事は地域ごとに違いがあり、親から子へ受け継がれていきます。
ところが現代は、24時間365日がいつでも同じように過ぎ去っていきます。このため、いつも「ハレ」を求めてみたり、日常をつまらなそうにやり過ごしてみたり・・・。いずれにせよ、四季折々の節目を大事にしながら過ごす生き方を忘れてしまったのかもしれません。
また、旅も「ハレ」でした。近所の人たちと一緒に遠くまで出かける旅が、多くの土産話を持ち帰り、「ムラ」に革新をもたらすこともありました。ところが、最近の旅行では、ガイドブックに書かれていることを確かめるだけで、旅先の土地から学ぶことがなくなってしまったのでしょうか。

NORAは、季節の移ろいを感じられる行事や祭りを催したり、旅先から学ぶこだわりのツアーを企画したりすることで、現代の「ハレ」を演出しています。

 

 イキモノ

イラスト_イキモノ暮らしのそばにある身近な自然。「ヤマ」や「ノラ」は小さくて多様な生命にあふれています。その大半は、直接、人の役に立つものではないでしょう。けれども人が「里山空間」をどのように扱うかによって、そのおびただしい生命(種)の生存に影響します。農耕の歴史に寄り添ってきた生き物たちの将来を決めるのも、これからの私たちの暮らし方なのです。
しかし、高度経済成長期を経て、「ムラ」と「ヤマ」の関係はほとんど無くなってしまいました。また、農産物のグローバル化と超高齢社会時代を迎えて、「ムラ」と「ノラ」の距離も遠くなりました。かろうじて残された「ヤマ」も「ノラ」も人手が入らなくなっています。モザイク状に点在していた多様な土地利用と景観は、自然の遷移に飲み込まれ、次第に同じような景観(環境)へと変わりつつあります。環境が単一化されると、そこにすむ動植物=「イキモノ」の種類が限られてしまい、豊かだった生物の多様性が、確実に貧しくなってしまいます。

NORAは、「イキモノ」の立場になって、身近な自然を見つめることのできる人を育てています。また、「ムラ」「ノラ」「ヤマ」に対して、再び働きかけることを通して、「イキモノ」のにぎわいを取り戻そうと活動しています。