[コラム] 雨の日も里山三昧
寄り道5 ホタルの光をいつまでも
大学の裏門を抜けて小野路方面へ下っていくと、典型的な谷戸の景観が広がっています。歩いて15分ほどのところにあるその谷戸では、ゲンジボタルとヘイケボタルの2種類を見ることができます。私は、昨年亡くなった新妻昭夫先生に、その谷戸でホタルが生息していることを教えていただき、着任した年から今年まで7年続けて、6月下旬から7月上旬に出るホタルを見に行っています。
私が野外で自然繁殖しているホタルを初めて見たのは20代後半でした。大学を卒業後に就職した会社を辞め、大学院に入り直した時期です。その頃の私は、都市近郊の里山を守るために活動している市民団体に興味を持ち、3団体に所属して、毎週のように活動に参加しながら、ときどき会員や関係者にインタビューするという日々を送っていました。この3団体のうちの1つで、今でも関わっている団体が「恩田の谷戸ファンクラブ」です。
「恩田の谷戸ファンクラブ」は、横浜市青葉区の恩田にある谷戸を次世代に引き継ぐために1991年から活動を続けている市民団体です。かつて恩田の谷戸では、600~700頭程度ものゲンジボタルが乱舞し、幻想的な光に包まれたと聞きます。20年前、その谷戸が開発されるという噂を聞きつけた市民が、居ても立ってもいられずに団体を組織し、それ以降ずっと谷戸を守る活動を続けているのです。
私は、十数年前に初めて恩田の谷戸を訪れた日のことを、今でもよく覚えています。予想していたよりも、自然が貧弱だったことに、まず驚いてしまいました。谷戸のすぐ近くまで新興住宅地が迫っており、 肝心の谷戸もかなり埋め立てられて原形をとどめていませんでした。これくらいの自然ならば、探せば、まだいくらでもあるだろう。なぜ、この程度の自然を守ろうとしているのか、にわかには理解できませんでした。特に会社員時代には、屋久島、阿蘇、八幡平など、自然豊かな地域で環境調査をしていたので、そうした場所と比較すると余計にそう思えたのです。
その日は年に1度の収穫祭の日でした。そのため、昼食が用意されており、恩田の谷戸でとれた野菜入りの豚汁、谷戸でとれたお米、谷戸で炭焼きをおこない、その炭で焼いた秋刀魚など、これでもかというくらいの谷戸づくしのご馳走をいただきました。そして、その一つひとつについて、会員の方から、このお米は・・・、この野菜は・・・、この炭は・・・と、 プロセスや裏話などを細かくご説明いただきました。老若男女、会員誰もが恩田の谷戸を好きで、谷戸を誇らしく思っていることが強く伝わってきました。
なぜ、この程度の自然を、会員みんなが大好きなのか。それは、それまでの谷戸を守ろうとしてきた活動の過程を知ると、深く理解できました。
恩田の谷戸はほとんどすべてが民有地であり、農家が生業を営む場です。設立当初、OYFCは自然観察や調査などの谷戸を「ながめる」活動をおこなっていました。それが、1993年からは地主さんの許可を得て、畑を耕したり田んぼを復元したりするようになり、より深く谷戸と「かかわる」活動へと変化していきました。あわせて、周辺の住民が農地へ勝手に侵入するのを防止するために看板やチラシを作成したり、パトロールを実施して農地で遊ぶ子どもに注意を促したりするなど、地主さんと相談しながら農家への協力活動をおこないました。谷戸の保存をと声高に訴えるのではなく、「農家の応援団」を自認して、谷戸を守ってきた農家を支えようと努めてきました。こうした活動は、次第に農家の理解や信頼を得られるようになっていきました。
1995年、地主さんから農地造成を予定しているという連絡が入りました。周辺の宅地開発で発生した土で谷戸を埋め立てて、圃場整備をおこなうという計画でした。OYFCは、ホタルを守るためにも「小川だけは埋めないでください」と何度も地主さんにお願いを続け、結果的に谷戸の生命線とも言える小川の復元を認めてもらいました。この背景には、民有地の谷戸を守りたいと願う活動の中で、地主さんと協力関係を築きながら活動してきた蓄積があったのです。
このような活動によって、失われるはずだった小川の一部が辛うじて谷戸の中に残されました。何も説明を聞かなければ、さして目を留めるべき小川ではありません。しかし、そこに秘められている活動の歴史を思うと、谷戸を心の底から愛するメンバーの気持ちに深く共感できるのです。
それ以来、私は豊かな自然だから、その場所を人びとが守るべきだという考えに加えて、その場所を人びとが守りたいと思うから豊かな環境なのだという考えをあわせ持つようになり、むしろ前者よりも後者の考え方に導かれて、実践と研究を重ねてきたように思います。
毎年、6月になると、OYFCのメンバーはそわそわし始めます。いつ、ゲンジボタルが現れるのか、心待ちにしているのです。しかし、出現し始めると、今度はやきもきするのです。恩田の谷戸には、噂を聞きつけてホタルを見に来る人が少なくないので、そういう人たちがホタルを捕まえたりしないかとか、ライトを煌々と点けてホタルの繁殖を邪魔しないかとか、誤って畑に入っていったりしないかとか、気が気でないのです。だから、ホタルの時期には、毎日、自主的なパトロール活動をおこなっています。20年にもわたり、地主さんとの関係を大事にしながら、守り続けてきたホタルです。農家に迷惑を掛けないようにしながら、そっと静かに暗くしてホタルを見ることを勧めています。連日、メンバーが、メーリングリストを通して、今年、初めてホタルが出たよ!とか、今日のギャラリーはマナーがよかったとか、あそこは誤って農地に侵入しやすいから、柵を立てようとか、仕事が忙しくて見に行けないよとか、情報を交換しています。そうしたメールを読んでいると、大の大人達が、本当に子どものようにホタルのことを好きで心配している様子が伝わってきて、温かい気持ちになります。
6月下旬のある日。夜7時半過ぎに小野路の谷戸を訪れました。ホタルは日没直後に、もっとも活発に行動することが知られており、8時頃にもっとも多く見られるからです。
谷戸に到着すると、先に1組の親子が来ていました。明らかにホタルを見に来たはずです。暗くてどんな人かもわかりませんでしたが、狭い道をすれ違うので、「こんばんは」と声を掛けました。少し近づくと、お互いに「あ!」「お!」と思わず声が出ました。その親子は、私の知っている恵泉の卒業生と4歳の娘さんだったのです。明日、幼稚園の友だち親子とホタル鑑賞に来るので、その下見に来ていたのでした。
谷戸で出会った卒業生は、亡くなった新妻先生の指導を受けていました。小野路の谷戸に初めて訪れたときは、おそらく新妻先生に連れられて来たのだろうと思います。そこに、娘さんと来てホタルを静かに眺め、さらに、友だち親子も誘って鑑賞会を開くと言います。そこには、たしかにホタルへの温かいまなざしが受け継がれています。現在、彼女は子育てをしながら、パートで働いているそうですが、新妻先生は素敵な女性を育てたんだなぁと、帰り道、思わず空を見上げてしまいました。その日ホタルは10頭程度とまだ少なかったのですが、ホタルの光を眺めながら卒業生と話せた幸運は何にも代え難い経験でした。
最後に、「ホタルの光をいつまでも」というタイトルですが、これは貴重なホタルの生息がきる環境をいつまでも残すべきであると、一般的な環境倫理を言いたいのではありません。そうではなく、「ホタルの光をいつまでも」と願う人びとに私が深く影響を受けてきたこと、さらに、そのような人びとの場所に対する思いや愛着を理解することが、人と自然との関係のあり方について考えるときに大切であるという私のスタンスを示したものです。自然を守るためには人間はいない方がよいと考える人もいますが、人が自然を守るために尽くしていることに目を向けて、人と自然の関係を柔らかく考えていきたいと思っています。
※2011年7月4日、恵泉女学園大学のチャペルアワー(礼拝)で話した内容を一部改変して掲載。
(松村正治)
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