第105回 釜飯仲間・おこげのお話

2017.10.1
釜飯仲間・おこげのお話

=神奈川の農業と食べ物のこと・生産者に寄り添って30年=

「2017年9月28日臨時国会が召集され、冒頭解散となる。」
「10月10日告示22日投開票で衆議院選挙が行われる。」

来月のコラムを書く時には、日本はどうなっているのだろう?と思うほど、選挙後には激変が待ち受けているのではなかろうか?

私たちは、日常的に「政治」の話はしない。皆、お互いに避けている。そして、あえて「政治」の話をしないほうが人間関係は無難なのだ。そのように「忖度」しあっている。ここでいう「政治」とは、主には「政党政治」であり、主義主張が対立する「政治課題」のことだ。たとえば原発に対する考え方とか、日本国憲法に関わることとか、日米安保条約とかに対する意見などのことだ。

かなり親しくなって信頼する人であっても、そのような「政治」の話はしたことがほとんどないまま何年も過ごす。そして、あるとき「政治」の話になると、どこかぎこちなかったり、考えていることの違いに戸惑ったりもする。

そうして、気が付いたら、憲法9条の改憲が具体的な日程にあがり、今度の選挙結果次第では、改憲に突き進む可能性もある。それでは困る。憲法9条は守りたい、と思う人たちが署名運動をする。賛同して署名しようとした主婦が夫からたしなめられたという。「息子の就職に響いたらどうする?そんな署名はしてはならない。」と。主婦から相談された。どうしたら良いだろう?と。

その主婦は、私が護憲派だと疑わないから相談してくれたのだろう。結局のところ私は、「息子さんも選挙権のある年齢になっていることだし、ご家族3人で話し合ってはいかがですか?」と答えた。我ながら、無難な答えだと思う。皆さんはいかがでしょう?

この話を、ある27歳の男性にしてみた。私との関係は、対等の立場ではないから、ムリヤリ答えさせることにならないように配慮はしたが、「今の世の中、やむを得ないのではないですか?お父さんは、息子さんの将来を思って、就職に響くことは避けた方がよいと思ったのでしょう。」と言う。では、お母さんはどうなのだろう?憲法9条を守ることは、息子の将来を思ってではないのか?

そもそも、署名運動に関わることが就職に差しさわりがあるというのはどういうことなのか?

彼は言う。「今の世の中、そんなもんですよ。入れ墨したって就職に差しさわりがあるでしょう?」私は、虚を突かれ口ごもった。入れ墨と署名とは・・・。

私たちの世代は、就職のために“長い髪を切った”歌があった。染めた髪を黒く戻すことはたやすい。そのことと署名は・・・。どうなのだろう?

別の若者にも同じ話をしてみた。31歳男性。私との関係は、かなり言いたいことを言える関係。私も前出の青年に対するよりも言いたいことを言った。すると、いつもは自分の考えを積極的に話す若者は、いつかじっと私の話を聴いていた。そして、「ごめん。話に入っていけない。(付いていけない、ということらしい。)政治の話は、ふだん考えていないから何をどう言ったらいいかわからない。」という。

それでも「そんなこと(署名)で、はねるような企業は、その程度ってことじゃないかな?」「政治のこと、毎日のニュースにも、もっと関心を持っていきたい、とは思うよ。」などなど、前向きだったのが、私には救いだ。

今日のコラムでは、種子法廃止の問題とこれからの課題と、種を守ることの大切さと自家採取を進める生産者と、そのような生産者を支えようとする利用者の話をしたかった。これも、当然ながら政治的な話だと思う。身の回りの生活から発した話が、政治と結びついていることに気が付くことは多いと思う。

けれども、先に上げたようなテーマを最初から語り会うのには、私たちは、よほど訓練されていない。むしろ、そのような話を避けるように訓練されてきたのだ、と思う。

気楽に「政治」への考えをコミュニケーションできるようになりたい。

支持政党は違っていいじゃないか。もちろん、無党派もありだ。思想信条の自由も当然だ。表現の自由も保障されなければならない。大切なことは、お互いが何を考えているのか、なぜ、そのように考えるのか、お互いの違いを尊重することを大前提に意思を疎通させたい。

最初に書いたように、お互いを信頼してきたことを何より大切にしたい。いつか、そんなことが実現する社会に必ずなると、私は信ずることができる。「里山に学ぶ」NORAの理念が私をそうさせる。

ただし、当面、話し合った内容は、外部に漏らさないという守秘義務をお互いに課さなければならない、と思ってしまう。すでに「気楽」は遠くなっている。

(2017年9月30日記・おもろ童子)